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 キョロキョロとあたりを見回すが、ニューイは不思議がる様子もなく真っ直ぐに進んでいく。問題ないのか。  とりあえず着いて歩いた。  観察すると、柱がやけに多い気がする。それに布製の謎のオブジェが二つ。  よく見るとオブジェからは靴っぽいものが見えたが、靴にしては巨大だ。  悪魔王がそれほど巨大なら、ちょうど中央のオブジェあたりにいたっておかしくはないが。悪魔王がそれほど巨大なら。 「……いや、ない。これはない」  謎のオブジェに靴感を感じ取った九蔵は、嫌な予感に口角をヒク、と引き攣らせた。  これが悪魔王の足なわけがない。  悪魔のニューイが普通サイズなのに悪魔王はリアルビックダディだなんて、お話にならないじゃないか。  けれどよく考えると、柱に見えていたものは巨大テーブルの足のように見えた。  布製のオブジェのそばにある金ピカの壁は、玉座の下面な気がする。  タラタラと冷や汗を流しながら、ギクシャクと足を進める九蔵。  そんな九蔵の心なんて露知らず、ニューイは布製のオブジェの前で立ち止まり、コソリと九蔵に話しかけた。 「九蔵、いいかい?」 「え」 「人間の九蔵は一般的に、悪魔である私の持ち物のような立場になるのだ。声をかけられない限り話さなくていいし動かなくても問題ない。ただなにかあった時に守るため、後ろにいておくれ」 「よしきた」  いかん。確定だ。  間違いなくこれが悪魔王だ。  真っ白になった九蔵が猛獣と戦うのかという注意事項にコクコクと頷くと、ニューイはその場で恭しく膝を折り、頭を下げる。 「お久しぶりでございます、悪魔王様……ツノ骸骨のニューイと人間の個々残 九蔵、ただいま参りました」 「──改めよ、ニューイ」 (っ……!)  悪魔王の声が聞こえた途端、九蔵の全身がゾクリと強ばった。  威風堂々とした、渋みのある男の声。  若くはない。大きく反響するが、耳障りではない落ち着いた余裕のある声音だ。腹の底から地響きのように肌を粟立てる。  そして、逆らい難い威圧感があった。  本能が服従を選んでしまう。  声の聞こえたほうを見上げると、そこにいたのはまさに〝ザ・ラスボス〟といった風体のラスボスだった。  木の幹のような凹凸がある真っ黒な肌に、湾曲した巨大なツノ。  耳まで裂けた口にはギラリとキバが生え揃っているが、両目がない。  身にまとう豪華な衣装でほとんど隠れているものの、見えている体は隆々と筋肉がむき出しになっている。  そんな確定モンスターは、五階建てのマンションくらい大きかった。  機嫌を損ねれば、九蔵なんて簡単に踏み潰されるだろう。見た目もサイズもホラーである。お近付きになりたくない。 「我は堅苦しい振る舞いが好かぬ。楽にせい」 「んっ? なら普段通りにしようかな」 「元よりそのつもりよ。従えることに興味などない。それに欲望の権化である悪魔が王には謙るなど、矛盾しておるわ」 「ふふ、矛盾は欲望の贅沢品なのだよ」  悪魔王と話すニューイは簡単に笑顔で立ち上がるが、九蔵は微かに膝を折ったままなかなか動けなかった。  おかしいと思うだろうが、本当のことだ。妙に緊張して動きにくい。  蛇に睨まれた蛙の気分だ。  油が出るかもしれない。恐怖度は蛇というより無数の銃口に近いが。  話に花を咲かせるニューイの背後にそーっと隠れて気配を殺す。  ニューイはズーズィ曰く〝最強のポンコツ悪魔〟らしいので盾になってもらおう。 「お主は変わらんな。変わらず変わっておる」 「そうかい? 私は話ができれば口調なんてなんだって構わないのである」 「ならしばしその長い耳を閉じておれ。先にそこな人間に用がある」 「九蔵に?」 「っ!?」 (な、なんかしたっけか……!?)  そうやって空気になろうと薄まっていた九蔵は、不意に悪魔王から指名を受け、石のように硬直してしまった

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