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 身に覚えがない。  悪魔王は知りもしなければ会ったこともなかった初対面の巨大モンスターである。恨みなんて買っていない。  九蔵がタラタラと冷や汗を流して顔を上げると、悪魔王はないはずの目でジッと九蔵を見つめている。 「……会いたかったぞ、人間」  痛いくらいに、真摯な視線だった。  熱の篭った視線と厚みのある声音が肌の表面を撫で、九蔵の心臓はドク、と鼓動する。恐ろしいのに目を逸らせない。  そして九蔵が反応を返す前に、悪魔王は厳かな口調で言い放った。 「我が名はオウ・ド・シウ──三日三晩寝ずに仕上げた渾身の超難易度ラストステージを人間にワンパンでクリアされた、哀れな遊園地管理者兼悪魔王である」 「…………」 「どうした、人間。青い顔をして」  悪魔王と見つめ合う九蔵の脳内で、カンカンカーン! とリアルラストステージのゴングが鳴り響いた。  どうやら悪魔王様は傑作をワンパンでクリアされて、たいへんお怒りでいらっしゃるらしい。そして九蔵は死ぬらしい。 (いや死んでる場合じゃねぇ!)  当たり前だが、九蔵はこんなところで死ぬわけにはいかなかった。  キャーキャーと悲鳴をあげててんてこ舞いになる脳内の小さな九蔵たちを押し殺し、九蔵は下手くそな笑みを貼り付けて平和的解決を試みる。  ニューイのために一分一秒でも長く生きてしがみつくのが九蔵の使命なのだ。  なんとしても、悪魔王のご機嫌を回復させなければ! 「悪魔王様。その節はたいへん素晴らしい遊園地を満喫させていただき、誠にありがとうございました」 「構わぬ。我の傑作であるからな。特にラストステージなど、ステージ作成アプリの習得から五年はかけた代物だ。さぞ楽しめたことであろう」 「はい。たいへん申し訳ございません」  が。悪魔王のワンパンで潰された九蔵は、恥も外聞もなく直角のお辞儀対応にシフトチェンジした。  いのちだいじに。  生きるためにはひれ伏すべし。  ニューイが九蔵の謝罪に疑問符を飛ばしているが、一直線なニューイが悪魔王と九蔵のやり取りの裏に意図があることなど気づくわけない。やはり九蔵だけでこの場を乗り切らねば。 (ニューイ、必ず生きて帰るから待っていてくれ……!)  九蔵は首から下げたネックレスを握り、生還を誓った。  死亡フラグとか言うな。  九蔵さんはこう見えて死にかけである。もっと応援してくれ。 「面を上げい」 「はい」 「我が問いかけに嘘偽りなく答えよ。尋問が拷問に変わらぬようにな」 「仰せのままに」 「人間。お主は悪魔が機械に弱いことを知っておるのか?」 「存じております」 「よろしい。ではその悪魔の王である我が三日三晩寝ずにあのゲームを仕上げることがどれほどの苦を労したか、理解するは容易かろう」 「おっしゃる通り。心血を注がれたこと察するに余りあるクオリティでございました。人間めがプレイさせていただいたこと、身に余る光栄でございます」 「ほう? ハイクオリティだと申すか」 「それはもう。一見無理ゲーに見えるようでパターンがあり隙をつけば攻撃できる仕様。そのパターンも攻撃一度成功につき変化する細やかさ。感服いたしました」 「ククク、然り。お主、なかなか話の通じる男であるな……」 「恐悦至極」  威圧的だった悪魔王が肘掛けに肘をついて機嫌よく頷く様を見上げながら、九蔵は親指を突き出し即答した。  どうだ、これが愛の力だ。  死亡フラグなどへし折ってくれる。  平気なフリプロフェッショナルの実力を惜しげもなく発揮する九蔵だ。

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