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 タラ、と頬に汗が伝う。  九蔵は素早くニューイたちを伺った。  声をかけるか? いや、ニューイの好意で苦もなくパーティーに招待してもらえたのに、更に不法入国を見逃してくれていた悪魔王の用事を邪魔したくない。  話はまだ続いている。  ならベストは自分が白フワを無視するか、自分が白フワを解決するか、だろう。  だが、もう無視はできなくなった。  白フワは〝預かっている宝物を壊す〟と言ったのだ。一刻を争う事態である。誰がなんと言おうが一大事だ。説明している時間も考えている時間も惜しい。  自分のことならどうでもいいが、黒ウサギことニューイに被害があることならば全力で阻止するのみ。 「……作戦名は、慎重に素早く」  この間、三秒。  九蔵は万が一自分になにかあった時のためにテーブルの上へメッセージを作り、一目散に白フワの後を追いかけた。  普段は常識人で堅実な九蔵だが、恋人のピンチを感じると、しばしば冷静さを失ってしまうのである。   ◇ ◇ ◇  白フワを追いかけて天幕を出た九蔵は、白フワのようなものが飛び込んだ扉に同じく飛び込んだ。 「っ?」  しかしそこはなぜか、木漏れ日の美しい爽やかな森の中だった。  悪魔の世界は夜だったはず。煌びやかで豪奢な洋風の悪魔城の廊下から、なにがどうして昼間の森に来てしまったのか。  振り向いてみても扉はない。  鳥の声に木の葉の揺らぎすら感じる森に九蔵は混乱し、はたと立ち止まった。けれど少し考えて、白フワを探すことにした。  こんな状況になったのなら話が変わる。  渋々ここで助けを待とうかとも思ったが、もしこの空間に閉じ込められてしまったならば、動かなければずっとこのままになる。  それに悪魔城の部屋は、こういうことが普通なのかもしれないとも思った。  ニューイたち悪魔の言葉を借りるならば、ドアの向こうにある部屋が自分の知っている部屋とは限らないよ、だ。 「あー……ま、アイツらに言わせたら、たぶんこれも部屋なんだろうしな」  九蔵はハァ……とため息を吐いて、白フワを探すため森の中をサクサクと歩き出した。  明らかに外で時間から天気も変わっている森が室内のドアの向こう側でも、どうせ彼らは気にしない。  恋人も友人もそうなのだから、こっちの世界に合わせておこう。 「アリスちゃん衣装でウサ耳の白フワを追いかけるって、童話か。でも微妙にズレてるから気持ち悪いし、当てにならんですよね……ん? なんだあれ」  管をまく九蔵が若葉を踏みしめ道なき道を歩いていると、どこかで見たようなお菓子の家が建っていた。  チラ、と横目で遠巻きに観察する。 「……アラフォートの屋根に、ギックリマンチョコの壁か……庭はきのこの丘とたけのこの村……装飾はアイシングと中枝、マーダラチョコ……いろいろありすぎてよくわからん」  見事な作りだが、特別甘いものが好きではない九蔵なのでそれほど誘惑されない。  それにあの物語だと、この甘い家には魔女が住んでいたはず。捕まって食べられるのはまっぴらだ。  九蔵が歩きながらスルーしようかと考えていると、ふと、お菓子の家の玄関に表札があることに気がついた。  もしかして、白フワの家かもしれない。  可能性を感じてそーっとそーっと近づいてみた九蔵だが、文字を読んで小首を傾げた。 「〝旅立ち屋〟?」  九蔵の記憶の中だと、そんな店はあの童話にもこの童話にもない。というかなにを売っているのやら。  いよいよどうやって白フワを探せばいいのかわからなくなってきた九蔵である。 「……入ってみるか」  手も足も出なくなるよりはいいだろう。ニューイの宝物を守るために白フワの情報を集めたい。男は冒険だ。  マシュマロでできたノブを握り、クッキーのドアを開く。 「こんにちは」 「へいらっしゃい! ここは主に武器屋だよ!」 「旅立ち屋じゃないんかい」  へいらっしゃいって寿司屋か。居酒屋か。そして主に武器屋とはなんだ。主以外はなにを売っているんだ。喧嘩か?  脊髄反射でツッコミを入れてしまった九蔵は、生来の事なかれ主義だが、今だけは買ってやりたい気分になった。

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