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森から出て別の手がかりを求める九蔵は、道中様々な出来事に見舞われつつ冒険を続けていた。
なにかと騒動に見舞われる運命の九蔵はメルヘンに憧れているだけの現実主義者なので、なんのかんのと王道展開を回避し、今のところ平和だ。
通りすがりの白雪姫の喉につまった毒りんごは、サクッと指でほじる。
川で洗濯をするお婆さんの代わりに巨大桃を運ぼうとしたが、筋肉がないので桃は諦める。
「生贄を求める悪い魔物を退治して下さりありがとうございます……!」
「この強さ、もしやあなたは勇者様では……!?」
「いえ、人違いです。失礼します」
時間がないのだ。
引き止めないでくれ。
急いでいるから絡まれたくなくてこっそり忍んで退治したのに見つかってしまった九蔵は、風のように早足で去った。
どんなそれらしいキャラに絡まれても、シチュエーションになっても、九蔵はナチュラルになんの物語も始まらない残念な展開に持っていく。
彼はニューイの宝物を守り、なるべく早く帰ることしか考えていなかった。
そうして先を目指す九蔵が、人気のない岩壁の犇めく谷間を歩いていた時だ。
「アリス。白ウサギの居場所、聞きたい?」
「!」
突然ヒョッコリと目の前に見知らぬ男が現れ、九蔵は思わず身構えた。
誰だ? 白ウサギのような物語のキャラクターなのか、店主のような小悪魔なのか。
(どっちなら安心ってことじゃないんだろうけど、さ)
しっかりした骨ばった男の体だ。
しかし下半身が蛇である。かなり長い蛇だ。グレーの肌に苔色の髪。いかにも危険な男らしい顔をしている。
チロ、チロ、と唇から覗く裂けた舌も爬虫類らしく、警戒心が増した。
もちろん九蔵はアリスじゃない。
だけどこの場には他に人がいないので、自分に声をかけているのだろう。
「あのさ、俺のこと、誰かと勘違いしてねぇかな」
「? 勘違い違う」
「でも俺はアリスじゃないし、知らない蛇に声かけられたらびっくりする」
「びっくり? オレ、危険違う」
出方を伺いながら不信感をわざと示すと、蛇は岩陰からニョロリと這い出て無防備に九蔵の前でとぐろを巻いた。
「オレ、ビルティ。トカゲのビルティ」
蛇──ビルティは「ビルティ、ルティ、ビー。どれでも好きなの。呼ぶして」と言った。
蛇ではなくトカゲだったらしい。
確かによく見ると蛇の部分に足が生えていた。ムカデのように這って移動している。
「はい。でも俺の名前はアリスじゃないんだって。俺は九蔵。だからバイバイ」
「アリス」
「うん。九蔵です」
「アリス」
「九蔵です」
「アリス」
「……アリスな」
「ククク」
九蔵は押し負け、名前を正すことを諦めた。わからず屋め。
ビルティは見た目はモンスターでアウトローな蛇男なのに、喋り方や振る舞いがおマヌケだ。
九蔵が話してくれたからか、薄い笑みを浮かべて嬉しげに尾をくねらせている。そういう態度を取られると困る。
危険じゃないと言われて自己紹介までされると、あんまり冷たくもしていられないじゃないか。
(はぁ……ま、危険人物っていう根拠もないし、白ウサギの居場所が聞けるなら儲けだって思っておくか)
九蔵はポリ、と頬をかいた。
警戒は解かずにポーズだけ気を緩めたフリをしておく。迂闊に罠にかかってタイムロスしている暇はないのである。
「アリス、おいで。オレの巣、おいで。白ウサギの居場所、聞かせるよ。ウミガメのリゾット。嫉妬の欲望添え。得意料理」
「や、白ウサギの居場所だけ聞かせてもらえればお暇します」
「聞かせる、聞かせる。虹色スターのきのこ煮込み」
「ちょい待ち。それ無敵状態になんのか? それともビッグになんのかっ?」
「口から火の玉。出る」
「ファイアーフラワー!」
チロチロと舌を出しながらクククと喉を鳴らすトカゲ。
……そう言えば、元ネタにトカゲは出てきただろうか。
(ま、見た目と中身が釣り合ってねータイプだし、たぶん悪魔だろうな)
ふと沸いた疑問だったがどちらでもどうということはないので、取り敢えず九蔵は、ビルティを暫定悪魔としておいた。
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