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歩くことしばらく。
渓谷を登りきった森と谷の境目に、ビルティの巣はあった。
赤いとんがりボウシ屋根の小屋だ。
食事のおもてなしを断固お断りして白ウサギの居場所だけを教えてほしいと頼み込むと、ビルティは九蔵に自分のとぐろの中に収まるよう、条件をつけた。
トカゲ男のとぐろに入ってトカゲ男を椅子に座るなんて気が休まらないが、背に腹はかえられぬ。
大人しく収まると、ビルティはニンマリ笑ってチロチロと舌を出した。
全く意図が読めない。
九蔵は渋い表情でビルティを見る。
「白ウサギは、どうにかなった」
どうにかなった。
それは主に武器屋の店主も言っていたことだ。どうにかとはどういうことだろう。
九蔵が首を傾げると、ビルティはニンマリ笑ったまま「時計、失くした」と言った。
「その時計を失くしただけで、白ウサギはどうにかなっちまうのか?」
「なる。ティーパーティー行かない。クロッケー大会行かない。裁判行かない。なにより白ウサギ、急がない。沼地に沈んで、まるまる太った」
「まるまる太った……」
「そう。裏の森の沼地の洞窟で引きこもり」
急がない白ウサギなんてどうかしてるに決まっている、とばかりに頷くビルティ。
九蔵は腕を組んで考える。
言われてみれば、あの白モフはウサギにしては大きかった。まるまるもしていた。
ビルティが言うほどどうにかなったようには見えなかったが、もしかして、思っているより白ウサギは危険なのかもしれない。
(……一旦帰る、か?)
九蔵の危機感がキュピンと働いた。
しかし、すぐに顎に手を当ててしっくり否定する。
(ニューイの宝物は取り返さねぇと、壊されちまう。それは絶対、嫌だ)
ギュ、と胸元のネックレスを握った。
そのためだけに、無視を決め込んでいた奇妙な白モフの後を追い、メルヘンと冒険の入り交じった不思議の国に飛び込んだのだ。
今は脅しの相手が自分だからいいものを、ニューイ本人になると許せない。
未来を思えば、破壊を阻止すると同時に正体不明の宝物を取り返すべきだろう。
人間生活がヘタで二千六百度のオーブンに入ってしまうような気の休まらないビックリ悪魔でも──あの柔らかな微笑みがもたらす安らぎは、今後の人生で誰にも与えられないものだ。
「うしっ」
「牛。脳喰いキャトル」
九蔵はモスッ、とヤギマスクの頬を叩いて気合を入れた。
「ビルティ。白ウサギって危険か?」
「や? 危険違う。アリス危険ない」
「オーケー。性格や特徴は?」
「プライド高い。臆病。卑屈。せっかち。強いもの媚びる。弱いものいじめ好き。嗄れた鈍重な声」
「なるほど。攻撃パターンと弱点属性と攻略法、あれば教えてくれ」
「早い。跳ねる。甘いもの目がない。甘いもの機嫌いい」
「了解。甘いものゲットして挑む」
聞くこと全てに答えるビルティ。
甘いものなら、白雪姫を助けたお礼に貰ったアップルパイとおばあさんに貰ったきびだんごがある。
小人に貰ったアップルパイが毒リンゴのアップルパイなのかはさておき、甘味はなんとかなりそうだ。
そうと決まれば、さっさと裏の森の沼地の洞窟へ出発しよう。
前準備を済ませた九蔵は、ビルティのとぐろからのそのそと這い出でる。
「ありがとうな、ビルティ。いろいろ教えてくれて助かった。俺もう行くよ」
「アリス」
「ん?」
疑ってかかったのが申し訳ないくらい素直に情報をくれたビルティにお礼を言うと、不意に呼ばれた。
振り向くと、ビルティはチロチロと舌を出してこちらを見つめている。
「オレ、嘘思うない?」
「は? 嘘言ったのか?」
「え」
嘘の情報を教えられたのなら困る。
そう思って尋ね返したのだが、自分の言うことが嘘だと思わないのか? と尋ねたビルティは、キョトンと目を丸くした。
おい、困るぞ。嘘はやめてくれ。
「……オレ、嘘ない」
「そか。よかった」
呆然としたままボソリと呟くビルティに、九蔵はほっとひと安心する。
ここにきて嘘を教えられたなら、タイムロスは目も当てられない。
「最初、アリスオレ疑うしてた。なのに今嘘ない? なんで?」
「あー……それはマジでごめん。でも先に進める情報を得たのに疑ってたら、時間かかるだろ? 取り返しつかなくなるよりは騙されたほうがマシだ」
「取り返し」
「うん。だから俺はビルティを信じます。騙さないでくれると嬉しいです」
疑っていたことを本人に指摘されてバツが悪い九蔵だが、ヘタくそな笑みを浮かべてビルティの質問に答えた。
未来のためなら、今痛い目を見たって構わない。本当に怖いことは未来にある。
そういう守り方も、ニューイが教えてくれたことだ。
今騙されたって困るのは九蔵だけ。
疑うことで手遅れになると、困るのは九蔵だけじゃない。だから動く。
「黒ウサギ曰く、考えるより動くほうが大事な時もあるらしい」
「フーン……?」
「ってことで俺は行きます。本当にありがとうな、ビルティ」
九蔵は重ねてお礼を言い、今度こそビルティの巣から出ようとした。
が、またしても「アリス」と声をかけられる。今度はなんだ。
「アリス、黒ウサギ大好き」
「ぉあッ」
その瞬間。ノブを回そうとした手が滑り、盛大にドアへゴチン! と頭をぶつけた九蔵であった。
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