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 冗談じゃない。  ぬいぐるみでレベリングしたゲームシステムがリアルモンスターに通じるものか。戦略的撤退である。  九蔵は白ウサギの巨体では追いつけないだろうと、持ち前の逃げ足を動かす。 「誰と間違えたってェんだよォォ」 「ぐぉ、ッ、マジかッ……!」  しかし、脱出は失敗だ。  真っ赤な目をギラギラとギラつかせる白ウサギは、見た目に似合わない素早い動きで長い腕を振り、九蔵はあっけなく体ごと握られてしまった。  ギュ、と力強く胴体を握られ、肺から空気を絞り出して咳き込む。 「よく聞けぇ〜アリスぅ〜」 「ンッ……ぐ……ッ」 「この世界にウサギはたっぷりいるけどなぁ〜白ウサギと呼ぶウサギは俺っちだけだぁ〜」  手も足も出ない九蔵を目の前に持ち上げ、フコフコと鼻をひくつかせながらバカにしたように笑う白ウサギ。  チャンスがピンチに変わり、九蔵は悔しさに奥歯を噛み締めた。  確かにビルティは〝早い〟と言っていたが、それにしても一撃で捕まってしまうなんて情けない。  しかもウサギ違いだ。  一刻も早くここから抜け出して、白モフを追いかけなければ。 「なぁアリスぅ? 赤の女王の法律は絶対でぇ。不思議の国で人にぶつかっちゃあ、食っちまってもいいんだよぉ〜」 「ふ、っ」 (舌でっけぇなもう……っ)  白ウサギは九蔵の頬をベロ~ンと舐め、怯えさせようとかじる真似をした。  ベロ、ベロリ、と顔中を大きな舌で舐められ首から上がベトベトに濡れる。息はしにくいし気持ち悪い。  けれどぐっと堪え、平静を装う。  ご機嫌な白ウサギがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらバカにして気まぐれに握り潰そうとするが、九蔵は抵抗しない。  この状況で無理に抵抗しても傷を負うだけだろう。変に主張して怒らせてもよくない。機会を伺おう。 「お前さん、ん、腹減ってんのか?」 「ひひ、減ってるよぉ減ってるぅ〜。だからお前ぇ食っちまいてぇ〜。アリスは悪魔のくせにぃ美味そうな匂いするんだぁなぁ〜」 「そっか。っひ、でも俺を食ったって美味しくねーと思うぜ。腹壊すってよ」 「うめぇよぉ? 俺っちはグルメさぁ〜。食い方にもぉいろいろあるぅ。ゴチソウアリス、空きっ腹の足しになりなぁ〜」  九蔵はキュピン、と目を光らせた。  ハラヘリの白ウサギ。背負ったバッグにはアップルパイときびだんご。  これまで良くも悪くもドンピシャだったビルティ情報によると、白ウサギは甘いものに目がないはずだ。  そう思って必殺の甘いもの攻撃を仕掛けた── 「あのさ、腹減ってるならアップルパイときびだんごがあるぜ? ぶつかったことは謝るから、デザート食べながら俺と話してくんないかな……?」 「ン〜? お断りぃだぁ。俺っちは菓子類が嫌いなんでぃ」 「んぶっ……!?」  ──の、だが。  どういうわけかこれまでピッタリハマっていたビルティ情報が外れ、顔を舐めていた舌が不意を打って口の中へズルンッ! と侵入した。 (な、なんでハズレたんだ!? ってか、この、人の体どこまで舐めるんだよ発情期かこいつ……っ!) 「んッ……んんッ……」  驚き、動揺する九蔵が反応できない間に、巨大な舌が口の中を舐め回す。  グチョ、グチョ、と頬の内側から歯列、喉奥まで好き放題うねり、唾液を絡めて九蔵の呼吸を止める肉厚の舌。  そこは、ニューイ以外には舐められたことのない場所だ。大した意図はないだろうが、腹立たしすぎる。  ニューイだけに許している部分を蹂躙されると、策に失敗した今、流石の九蔵でも無抵抗じゃいられない。 「ごほッ……」 「おっと」  腹立たしさの赴くままに食いちぎる気で力いっぱい噛みつくが、肉厚の舌はノーダメージでヌルンと這い出た。  ちくしょう。顔の絶対領域を無許可で侵害するなんて頭突きじゃ許してやれない。 「ゲホッ、オェッ……んで舌突っ込んだんですかねぇ……ッ!」 「ひひひ、つまらねぇからだぁ。俺っちのさじ加減で死んじまうくせに余裕ぶってるアリスぅの顔ぉ、歪めてやりかったのさぁ」 「歪んでんのはアンタの性根だろッ」 「チッ、うるせぇなぁぁぁぁ」 「ッぅ、ぐ……」  ギロリと果敢に睨む九蔵に、白ウサギは機嫌悪く低い声で威嚇した。  九蔵は苦痛に呻く。  力強く握られ、骨が軋み肺が圧迫された。呼吸すら苦しい。酸素が制限されて、視界がクラリと霞む。

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