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 ──その日の深夜・うまい屋。 (バレンタイン、進捗ダメです……ッ!)  夜勤中の九蔵は、表向きテキパキと働きながらバレンタインについて考え若干迷走していた。  顔にも態度にも出さないので傍目にはわからないが、頭の中はバレンタイン一色だ。  ラブストーリーには欠かせないバレンタインをどうして忘れていたのか。  日々の甘さに溺れて自分からもニューイに甘さを提供することを怠っていた。  クリスマス以来恋人らしさがないことを気にしていたと言ったニューイを思うと、九蔵の脳内ではニューイの隣にある好感度メーターがダウンするエフェクトが見える。  ニューイに報いるためにも青ざめたメーターをホットにするためにも、やはりチョコは手作りすべきだろう。  わかっている。  わかっているし、やれば自分はチョコを作れることもわかっている。  しかし人様にあげるだけのクオリティの自信があるかと言うと、皆無だ。  というかまずニューイが喜ぶチョコ菓子をチョイスしそのレシピを練習して本番を作り、それをプレゼント包装しなければならないなんて鬼畜じゃないか。神は自分に死ねと? 死にたくない。  死にたくないがもうあまり日がない今、悠長に自信をつけることも準備をすることもできないのである。  ならばぶっつけ本番で、人生でほぼお菓子を作らない九蔵がパーフェクトイケメン彼氏ことニューイにお似合いの手作りチョコを用意できるのだろうか。  答えは否。否、否、否!  しかしここで頑張らなければ、自分はいよいよもって全てのアクションをニューイ任せにする恋愛マグロ男だともわかっていた。  故に悩んでいるわけだが……解決策が見つからず、九蔵はすっかり萎びている。  しかもいつも九蔵の変化を見抜き容赦なくツッコんでくれる澄央が、今日は休みだ。  だからと言って本日の夜勤の相手には間違っても知られたくないため、九蔵の苦悩は加速オブ加速が止まらない。 (一人で解決できねぇなら、誰かに相談すべき……でもコミュ障陰キャの俺さんが自主的に頼れるのは、グーグルン先生くらいでして……) 「ココ。私の許可なく萎びるな」 「はい」  なんて考えていると、同じく夜勤のフロア担当者からスパッ! と冷たいツッコミが入り、九蔵は現実に引き戻された。  本日のうまい屋・夜勤。  個々残 九蔵。アーンド、増尾 榊。  榊はレジ横の死角スペースでカタカタとノートパソコンを叩き、リサーチ業務に精を出している。  誰がこの天下の帝王様にお悩み相談なんてできるものか。  彼氏関連なんて知られたら最後、根掘り葉掘り聞かれてしょっぱく強引に解決されるに決まっているだろう。 「あー……俺、そんなに萎びてますか?」 「仕事にミスも影響もねえよ。個人的に目障りなだけだ」 「個人的に目障りて。チラリとも俺のほう見てませんよね?」 「なんだ。私に見てほしいのか? 生憎だが視姦プレイなら彼氏とやれ。そこも萎びてんなら赤マムシが休憩室の冷蔵庫にある」 「ツッコミどころは多いですがとりあえずなんで赤マムシが冷蔵庫に」 「客に貰った」  女性なのに精力剤を貰ったのか。  顔色ひとつ変えずに告げる榊に九蔵のほうがなにやら疲れ、額に手を当てはぁとため息を吐いた。  おそらくまた客に男と間違われたのだろう。夜職帰りの客たちは基本アルコール入りなので仕方ない。  榊は朝方にやってくる夜職の客たちに人気があり、貢ぎ物がやけに多いのだ。  自分の客に貰った貢ぎ物をそのまま榊に横流す水商売の美女たち。見慣れた光景だ。慣れた。わりあいお遊び的なコミュニケーションも兼ねていると思う。  おかげで榊目当ての客が仕事帰りの早朝にやってきて、その筋のバーのような空間になる時もあった。  これも慣れた。  おしゃべりには不向きなこの店で、朝昼晩では見られない。人の少ない早朝だからできる。というか榊だからできる。

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