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「俺さ、ドゥレドが毎日うちにきたらどうしようって思ってんだ」 「む? 私は夕飯までに帰るのならそれでも構わないぞ?」 「あー……俺はちょっと。ドゥレドが嫌いとかじゃなくて、毎日来客とかあんま落ち着かねぇからさ」 「ふむふむ」 「だからそうなら、困るって言おうと思ってます。……けど、もし喧嘩になったら、どうしましょうか」 「むぅ、それは一大事だね。喧嘩は好きじゃないのだ」  ガチョガチョと食器を洗いながら尋ねると、すぐ隣で九蔵が洗った食器を慎重にそーっと布巾で拭くニューイが真剣な顔をした。  ニューイはあったかい。  自分は比べると冷たい。  薄情な部分をよく思われないかと思ったが、気にしていなさそうだ。こんな些細なことでも、九蔵としては命懸けである。 「よし、まず私がいる時に言ってみよう」 「ニューイが?」 「うむ。私がいれば喧嘩になる前に和ませてみせるとも!」 「ふ、和ませるんですか。いーな。俺は真面目な話もノリのいい話もうまくできねーから、ニューイがいると助かる」 「そうかい? 九蔵が助かるなら、私はいつでもいるぞ。ひっつきもっつき」 「うんでも今食器落としますし」  ひっつきもっつき、と体をピトリと寄せるニューイに、九蔵は落としかけた皿をなんとか掴んで素知らぬ顔をした。  心臓がバクバクだ。  顔も熱いし、九蔵の口元は引き結んだままうねった。  確かに自分はニューイの甘さに慣れたと言っていたが、それは甘いことをされて心臓がバクバクなことに慣れただけ。  今思えば、されることに慣れていたのではなかった気がする。慣れないことに慣れたのだ。  ──なんだ。俺さんやっぱりニューイがスッゲェ好きなんじゃねーですかい。  ストン、と落ちる。  しかもきっと、おそらく、この好きは知覚できないほどの速度でだが、日めくるごとに拡大しているのだろう。  ならばやはり、自分からもニューイになにやらラブ的なものを供給せねば、と九蔵はモンモン考えた。  自分から会話して、ええとそれから、そう。スキンシップにも応えるべし。 「お?」 「……。目指せ恥知らず」 「おぉ〜!」  食器を落とすからとくっつくことをやめたニューイを、トン、と腰でつつくと、ニューイは感激したように瞳を輝かせた。  九蔵のノリがいいのは珍しい。  ニューイは嬉しげにつつき返す。 「ムフフ、そーっとなのだ」 「あい。そっとな」 「ムフフフフ! ドゥレドには悪いが、やはり私も反対である。毎日ドゥレドが来るとひっつきもっつきできないだろう?」 「そこですか」 「そこしかない」  ニコニコ笑顔のニューイの返事に、九蔵は変な顔でうやむやな相槌を打ち、ムニョムニョの口元をもごつかせた。  少し仕返しをしてみただけなのにこんなに楽しそうにされると、もっと早く構えばよかったと、過ぎた時間が恨めしい。  洗い物をしつつ柔らかめのおしくらまんじゅうをしながら自分に呆れる。  そうして全ての洗い物を処理したあと。 「ニューイさんや」 「ムフムフ。なんだい?」 「食後のデザートがございますので、ちゃぶ台でお待ちください」 「なんとっ」  大型犬よろしくウキウキと従うニューイを見送り、九蔵はそそくさと一人冷蔵庫から例のブツを取り出した。  イエス、手作りバレンタインチョコ。  いやまぁそりゃあ、片時も忘れておりませんとも。割と前から機会も伺っておりましたとも。顔に出なくてよかった。  パタンと冷蔵庫の扉を閉め、台無しにならないよう慎重に運ぶ。息を止める勢いだ。 (……なんかこう見ると、飾りっけのねー無地の白箱ダイレクトって……)  けれど抜き足差し足のすり足で進みながら手に乗る箱を見ていると、どうも粗しか見つからない。  メッセージカードを付けようかと思ったがなにかを書けば言い訳しか出てこない気がして、結局なにも書けなかったのだ。  初めての恋人。いや恋悪魔。  初めての手作りバレンタインチョコ。 (いやもう帰りたい。俺の家ここだけど帰りたい。ケーキワンホールとかなんか重い気がしてきた。てかたぶん不味いしたぶん好きじゃねーしたぶんどっかミスってるしたぶんコレ失敗してるからこれ開けたくねぇ)    プレッシャーを感じる九蔵は、不安と緊張からお得意の年中無休ネガティブキャンセル&キャンペーン思考を働かせた。

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