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なんとかたどり着き、コトン、とちゃぶ台の上にケーキを置いて正座をする。
するとお行儀よく待っていたニューイが、なぜか不思議そうに首を傾げた。
「これはなんだい?」
「なにって、二月のイベントのアレです」
「? だけどアレは九蔵から私に贈るものじゃないと思うが……?」
「は? ……いや、どっちって決まってないと思うぜ? 今どきは逆も普通だし、俺たちは男同士だから尚更お互いだろ?」
「んんん?」
頭の上に?を乱舞させるニューイが本気だと読み取り、九蔵は混乱する。なぜ知らんぷりをするのか。元はニューイからイベントを示唆してきたはずだろう?
確かにバレンタイン当日の今日ニューイからのアクションがなかったことは気になっていたが、知らないわけない。
二月のイベント。
手作りプレゼント。
間違いなくバレンタインだ、と確信しつつ、九蔵はカポッと箱を開けて、中からケーキを取り出した。
その状態で静止し、上目遣いにチラリとニューイを見る。
「今日は二月十四日。んでこれは、ホワイトチョコ。の、レアチーズケーキ」
「? ケーキの日だったのかな」
「ホワイトチョコのほうに着目してくれませんかね」
「?? 冬らしくて素敵である。私は普通のチョコレートよりホワイトチョコレートのほうが好きだから、嬉しいぞ」
「うんまぁそれは俺さんも大歓喜ですが、……これ一応バレンタインチョコな」
「あぁ。バレンタイ、……」
「ニューイさん?」
九蔵はさり気なくかつ勇気を持って〝バレンタインチョコ〟と発言したが、ニューイは軽く頷いて黙り込んだ。
いったいどうしたのやら。
九蔵が首を傾げると、ニューイの顔色が見る見るうちに変化する。
沈黙のまま両手を頬に当て、イケメンに有るまじき絶望と驚愕の入り交じった顔で硬直するニューイ。
『…………』
「……あ〜……なるほど」
コンマ数秒、骸骨化。
なんともわかりやすい反応に、九蔵は状況を理解してヒク、と口角を震わせた。
謎は残るが、どうやらニューイも、バレンタインを忘れていたらしい。
知識としてはあったのだろう。けれど覚えていなかった。
故にバレンタインについての知識を記憶から引っ張り出したニューイは、目の前にバレンタインケーキを差し出されて、これがたいそうラブなチョコケーキだと理解した。
そして〝そんなこととは知らずにこちら忘れておりましたよ〟と、罪悪感で爆裂しそうになり白骨化したのだ。
名推理である。
なんせ気持ちはわかる。あの日の九蔵のメンタルがソレだ。推して知るべし。
(でもそうなるとコレ……バレンタインチョコがホールケーキな俺、一人で盛り上がってたみてぇで恥ずかしくねーか?)
『あぁぁ……! バレンタイン、忘れていたのだ……! 人間の世界でもこの国独自の恋愛イベントだと知っていたのだが、それどころじゃなくてついうっかり……!』
「うん。まぁ、うん」
『しかも流行イベント興味なしの九蔵がまさかこんなに素敵なバレンタインチョコを用意してくれるとは思わず……! 私という悪魔はチョコを手作れなかったポンコツ手ぶら馬鹿である〜……っ』
「だいたい俺が悪かった」
『なぜ!?』
九蔵がトントンとニューイの頭蓋骨をなでると、ニューイはへにょにょっと涙モドキを垂らしてガビョン! と驚いた。
いや、いやだって。
九蔵はモニョモニョと口元をもごつかせて「なんでも」と誤魔化す。
自分が知ったかをしたからお互いのイベントのすれ違いに気がつかず、こうなってしまったわけである。
ニューイの言うイベントがなにか、あの日白状して確認しておけばよかった。
しかしこうなっては時すでに遅し。
ここで素直に「いや実はかくかくしかじか俺も忘れてたんだぜハハハ!」と言えないあたり、九蔵は九蔵なのだが。
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