280 / 459

280

「はぁぁ、九蔵はいじらしかわいい……!」 「いや、まだ足んねぇと思う……ニューイは俺にしてほしいことねぇの? できることならなんでもするぜ。俺、さっき結構めんどくさいこと言ってせっかくのバレンタインと誕生日プレゼントに水差しちまったし」 「そうかい? それなら仕切り直しで、返事を聞こうかな」  ご機嫌な大きな手がチョビ、とスズメの尻尾のように括られた髪をなでた。  うっと口ごもる九蔵。  赤くなりっぱなしの頬が溶けそうだ。  茶目っ気たっぷりに見えて本気でワクワクと瞳を輝かせて期待するニューイを上目遣いに伺い、一度目をそらして、また合わせる。 「祝ってくれてありがとうな。でもその、手作りは困る。ちょっと使いたくないくらい、宝物になるからさ」 「んん」 「……誕生日プレゼント、めちゃくちゃ嬉しかったです」 「ん~っ」  しどろもどろと本心を言うと、ニューイはニヘラ~と破顔し、花を飛ばして喜んだ。  ニューイの腕にギュウギュウと抱きしめられる九蔵は、溶けるを通り越して蒸発しそうになる。  嬉しいなら嬉しいと言ってほしい。いや、違うか。言っていい。そういうことだ。 「私も、バレンタインに心のこもった手作りケーキを貰って天にも昇る気持ちなのだよ。悪魔を天に還すなんて、九蔵はとんでもない人間である」 「うん。天に還られると困るんだけどな」 「うーんかわいい。態度や空気で伝えるキミの愛し方も愛おしいが、やっぱり声で伝えられるとたまらないね。録音して毎日聞きながら眠りたいぞ? スマートフォンの録音機能の使い方を教えてほしいっ」 「勘弁してください」  プシュウ、と蒸気を発してゆでだこになる九蔵に、ニューイはいっそうかわいいかわいい世界一かわいいとデレデレした。  悔しい。ニューイの素直さは凶器だ。  シャイな九蔵は負けっぱなしで、指先ぶんくらいの反撃をしたくなる。  九蔵は目の前にあるニューイの肩口にカプ、とささやかに噛みついた。 「っ、ん……!?」  ニューイはパッと顔を上げて目を丸くする。心臓がバクバクして喉が渇き舌の根が震えるものの、九蔵は悲鳴を上げる内側を隠し、余裕ぶってスルリとニューイの股座をなであげる。 「く、くぞっ……」 「ごめん。俺、ケーキ以外はなんも用意してねーからさ……バレンタインらしくて気持ち返せること、これくらいしか思いつかねえんだけど……」  ビク、とニューイの体が跳ねた。  そのままスリスリと指先で控え目にさすり、柔らかく揉む。  彼氏を誘惑する方法だとかなんだとか、脳のこやしが役にたった。  心がブレるたびに救い上げるニューイに毎度惚れ直す九蔵は、惚れたら負けシステムの連戦連敗絶対王者だろう。  ──でも……俺だって男なんだぜ?  負けて負けてどうしたって勝てないほど惚れ込んだ相手にあれだけ愛されて、ただの乙女に堕落してはいられなかった。  シャイで臆病で器用で不器用。  ニューイに言わせればいじらしいお姫様。  けれど、本物のお姫様には逆立ちしたってなれない。そして幸せになりましたとキスをして終わる物語じゃ、もう満足できない。  九蔵は子どもが本を閉じたあと、物語のお姫様と王子様がドレスとタキシードを脱ぎ捨てて、シーツの上で踊っていることを知っている。 「かわいく恥じらってやれない俺になってみても……いいですか、ね」 「──……っ」  甘い甘い欲望の香りを纏ってニヒ、と笑って見せる九蔵にクラリと眩暈を覚えたニューイは、額に手を当てて深いため息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!