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まったく、仕方のないお姫様だ。
べそべそと泣き虫な子犬を王子様にした九蔵は間違いなくお姫様だと言うのに、鏡を見たことがないらしい。これは由々しき事態だろう。
「こんなに愛されてしまって、私のほうこそお返しが足りているのか不安になってしまいそうじゃないか」
「ふむむ。それだと無限アップスよ?」
「しかし気分的には、絶賛フルマラソン中の幼児にジョギング中のおじいさんが気遣われている気分なのだよ?」
「大問題スね」
「大問題なのだ」
ニューイと澄央は腕組みをし、二人揃ってしっくり頷く。
まったくまったく。
九蔵は仕方のない九蔵である。
九蔵が仕方のない九蔵なので、ニューイも澄央もいつも苦労するハメになった。ニューイも澄央も九蔵が大好きだからだ。
そこのところを、九蔵はわかっているのだが……いかんせん、自分が好かれている理由に関してはダメ。
頑なに〝恋人および友人たちが素晴らしい人格者だからです〟と思い込んでいる。頑なに。それはもう頑なに。
なのでどうにかこちらもお返しを。
ズーズィが逃げるほど長いニューイの九蔵語りを要約すると、〝とにかく九蔵が大好きなので、なんとか自信を持ってもらうために幸せアピールをしたい!〟ということだった。
「一緒にいられてオイラはハッピー! 感を出したいと」
「いかにも。今度のバースデーはプレゼントだけでなく更に盛り上げたいと思っているぞ!」
「素晴らしい!」
意気込むニューイに、澄央はパチパチと拍手をした。
テレテレと照れるニューイ。
褒められた。九蔵のおかげだ。
ニューイのハッピーは取り合えず全て九蔵のおかげだ。今夜のおかえりのキスは激しめで一つ。
「っとなると俺も協力しないわけにはいかないス」
「ほんとかいっ?」
「もち」
ピースポーズをする澄央を前に、ニューイはキラキラと瞳を輝かせた。
すると澄央は「最近ココさんの中の俺勢力が縮小してる気がするッスから、ここらでベストフレンド俺感もアピールしておかねーと」としみじみ訴える。
それを聞いたニューイは、首を傾げた。
「いつも思うが、真木茄 澄央の中の九蔵勢力は尋常じゃないな。どうしてそんなに九蔵に懐いているんだい?」
好みのタイプがイケメンなゲイである澄央は、メンクイの九蔵と理由は違えど典型的な顔がいい男が好きだ。
しかし九蔵はそうじゃない。
いや、実はニューイの個人的な見解を全力で抜いても、顔の造詣は整っているほうだと思う。抜かなければ世界一のイケメンだと思う。
高身長で手足が長い。
顔と四肢のバランスもいいだろう。
骨格もキレイだ。背骨と骨盤が歪んでいなければ悪魔的にも美しい。
魂の色や形や香りや味が絶妙に悪魔好みなので、人間の価値としても美しい。
けれど面の皮で美醜を決める人間としては、不摂生でオシャレに興味がない九蔵は、ノットイケメンと評価されるはず。
そう説明するニューイに、澄央は「そりゃそうスよ」と言ってムンッと胸を張った。
「俺はココさん信仰の先輩ッス」
「ぬっ? マウントとやらかい?」
「そッス。ニューイが前カノ信仰してる間、俺だってココさんにはマジで救われてきてるんスからね。ラブ惚れしてねーのが奇跡なくらい大好きスよ」
「ぬぬぬ……!」
シュバッ! とファイティングポーズを取ったニューイだが、戦うことなんてできるわけがないのでそのまま敗北し、手を下ろす。
同じくファイティングポーズを取っていた澄央は空っぽの湯呑みに急須のお茶を淹れ、ズズーっと啜る。
ほっと一息。
「昔々あるところに、自分の性癖を気にしていないものの、おかげさまでノンケの友人には恵まれない男がいました」
「おぉ」
なにか始まった。
「男は物心ついた時には、断固男にしか興味がありませんでした」
「ふむ」
「しかし早々に自分の性癖を理解した早熟な子どもでしたので、それほど悩まずに現実を受け入れました」
「ほう」
「子どもらしく悩みを家族に打ち明けてしまったりもしましたが、家族もあまり深く考えないマイペースな家族だったので問題はありません。何不自由なく甘やかされておりました。──しかし」
「?」
「他人はそうではありませんでした」
澄央はズズズ、と熱い茶を啜りながら、何の気なく語る。
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