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第七話 男たちのヒ・ミ・ツ
悪魔であるニューイは、実のところ眠らない。睡眠や食事は娯楽だ。
ニューイにとっては九蔵と約束した〝九蔵の部屋に居候する代わりに人間生活をマスターする〟というミッションであった。
故に九蔵が夜勤でいない日もニューイはきちんと晩ご飯を食べて歯を磨き、最近覚えたシャワーを浴びて冷たいセミダブルベッドに入る。
人間生活のお供は、ズーズィに貰ったフレグランスランプに、澄央に貰った九蔵とお揃いのどんぶり茶碗。
どちらもクリスマスプレゼントだ。
素敵な友人を持ってニューイは幸せである。九蔵がいない時も、密かに二人とはよく遊んだり食事をしている。
そんなニューイだが、九蔵が眠っている夜中にこっそり悪魔の世界へ赴き、自分の屋敷へ帰ることもあった。
たいていはイチルの月命日。
後は資産の換金だ。──しかし。
客間にて待つ今夜のニューイの目的は、そのどちらでもなかった。
『…………』
九蔵や気の置けない友人であるズーズィ、澄央といる時とは違う真面目な表情で、質のいいロココ調のソファーに座るニューイ。
表情と言っても悪魔の姿なので、ただの角あり骸骨である。
ほどなくしてドアベルが「ガランゴローン」と鳴いた。悪魔のドアベルは壁から生えた鳥だ。
『待たせたな』
『うむ。問題ないのだよ』
やってきたのは、クマさん悪魔。
またの名を、ドゥレド。
巨大鱗クマさんなドゥレドは、カラコロと首を振るニューイの隣にもすんと座り、同じく真面目な顔でニューイを見た。
『例のものは?』
『抜かりなくここに』
ニューイはスッ、と懐からそれなりサイズのゲーム機を取り出す。
『九蔵のスモッチだ』
『なるほど。美品だな』
ニューイはコックリ頷いた。
──ネンテンドー・スモッチ。
それは本体にコントローラーが二つついた、携帯機兼据え置き機の便利なあんちくしょう。
新発売された時はウキウキと購入した九蔵だが、実はほとんど使っていない。
のちに一人用のライトバージョンが発売され、共にゲームをする相手がいなかった九蔵はライトバージョンを買い直したからだ。
九蔵はフリマアプリに出したかったのだが、結局は出していなかった。
連絡不精な九蔵は、他人とやり取りすることが面倒、ビビる、失礼がないかソワソワするなどの理由で、大の苦手である。
そういうことだ。
お察ししよう。
なんにせよ、ニューイはクローゼットのこやしになっていたスモッチを勝手に持ち出したらしい。
『くれぐれも傷つけないようにね』
頷いたドゥレドは、懐からスッ、となにかを取り出し差し出した。
『スーパーマルオブラザーズのソフトだ』
『ふむ。確かに』
──スーパーマルオブラザーズ。
マルオとマルイージという配管工ブラザーズを操り、大亀の魔王に囚われた姫を救い出す奥の深いゲームである。
そしてまたの名を、ニューイの天敵。
またの名を、悪魔王様のイチオシ作品。
ニューイがカチンッ! と指を鳴らすと、すぐ目の前に大スクリーンが現れた。
ニューイとドゥレドは揃っていそいそとスモッチをスクリーンに繋ぎ、真剣な面持ちでコントローラーを握る。
『目指せ全ステージクリア!』
『目指せ魅惑のエンドロール!』
『『全ては愛しの彼のためにッ!』』
ユニゾンした悪魔二人はカッ! と目を見開き、秘密の特訓を開始するのであった。
優等生と劣等生。
当悪魔たちは全力で否定するのだろうが、恋の仕方がクリソツコンビ。なんやかんやで、似た者同士。
──余談だが、ゲームの秘密特訓に限らず、ズーズィを講師に招いて家事教室・人間世界の勉強会パターンもあった。
ちなみにキューヌも参加する。
悪魔はこうして人間との出会いをきっかけに、いつの時代も人間の世界の知識と常識を身に着けてきたのである。
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