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 ところかわって、九蔵の部屋。 「…………」  そんな秘密特訓など知らない九蔵は、春の夜長にパチ、とまぶたを開き、無言のままモソモソと起き上がった。  パソコンデスクのそばにあるペン立てからマジックペンを一本手に取り、壁にかかったガス会社のカレンダーの前に立つ。  そして三月のページのすみっこにて、キュッ、と正の字を完成させた。 「……無断外出、その他」  ポソ、とつぶやく。  まあお察しの通り、というか最早お約束の結果だが──九蔵はとっくにニューイの外出に気がついているのであった。  彼氏のヒミツ、あっさり筒抜け。  相変わらず隠し事が下手である。  気づいていることに気づいてみろ、という挑発的な気分で、日常でよく見るだろうカレンダーに正の字を書いている。  もちろんニューイは気づいていない。  こういうところはポンコツだ。察しがいい九蔵が、夜中にたびたび消える彼氏に気づかないわけがないだろう。  その上素知らぬ顔プロフェッショナルの九蔵が、その理由を直接尋ねることも気づいていることを悟らせることもあるわけがない。  ただしれっと、そーっと、日常会話からニューイの目的を探るに決まっている。  さり気ない情報収集と寝たフリ。  消えたクローゼットのスモッチと最近やけにゲームをしたがるところから思うに、おそらくゲームの特訓をしているのだろう。  ニューイ一人だと上達しない。  操作に必死で死因を覚えないからだ。  となると協力者がいるのだが、ズーズィなら九蔵に光の速さでバラす。  澄央ならもっとメキメキ上手くなる。  ならば相手はドゥレドかキューヌ。  または悪魔王だろう。大穴で九蔵の知らない悪魔かもしれない。  撮影現場の人間たちはない。  夜中に訪ねるなんて迷惑だし、ニューイの消え方が悪魔的だからだ。  けれどよく考えてみれば、キューヌは榊のうちに居候していた。  榊にベタ惚れなので、夜中にゲームをして迷惑をかけたりしないだろう。 「うん。消去法でドゥレドですかね」  九蔵は腕を組み、コックリと頷いた。  確信がないのであくまで予想とする九蔵だが、実際はドンピシャ大正解だということは九蔵もニューイも知らない話である。 (っても、問題はそこじゃねぇんだけどなぁ……あー……んー……) 「ん〜〜……」  ジト目で三月中頃にして完成してしまったカレンダーの正の字を見つめ、複雑な心境で唸る九蔵。  頭を抱えてグネグネうねる。  頬を揉んで伸ばし、耳まで赤くなって、脳裏に浮かぶニューイを恨む。  なかなか口にできず自信もないが、些細なことが積み重なり、ニューイをぶん殴ってでも心底から伝えたいことがあるのだ。  別に夜の逢瀬の相手は誰でもいい。  ──言いたいことは、まぁ一つ。 「なんで俺に特訓頼まねぇんですか?」  それによって、理由を一つ。 「バレンタインデーの反省から俺は結構自主的に会話も行動もしていますし、ホワイトデーも滞りなく過ごして、割とハッピーな恋人生活を送っているわけで」  ならば是非にと、提案を一つ。 「ニューイさんは変わりなく俺を愛してくれています。しかし変わらないイコール問題であるという場合もあると思いますが、いかがでしょう?」  要約すると、こういうこと。 「たまにはお前さんも俺に甘、……頼ってくれたって、いいんじゃねーのかい」  九蔵は仁王立ちのままジッと正の字を見つめ、誰も聞いていない確信のある今しか言えない独り言を、ムッスリと漏らした。  ちなみに怒ってはいない。  喧嘩をする気もない。  ニューイに態度を改めてもらう気も一切ないが、自分の頼りがいのなさを鍛え上げたい気は山の如しである。  ──まあ、実は九蔵にも、ニューイには言えない秘密があるのだが。 「…………」  厚着の季節にしては限界だ。  夜の餌やり兼ボディランゲージの時も、誤魔化すには若干無理があるくらい見てわかる程度の変化がある。  腕を組みながら真正面を見据える。九蔵はそのままプニ、と自分の二の腕をつまむ。 「割と……いや結構、……太った」  最近ニューイに合わせて食事を取り続けていたせいで、しっかり柔らかいほうのお肉と仲が良くなっていたのであった。

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