310 / 459

310

  ◇ ◇ ◇  自覚のない悪酔いは質が悪い。  それは酔い方がよろしくないこともなにがきっかけで酔うのかも自覚がないニューイには、ピンポイントなわけで。 「あ゛ー……丸一日セックスしてー……」 「いやガラ悪くなりすぎじゃね?」  カラン、とウィスキーグラスを傾けつつ目を据わらせたニューイを前に、三藤は頬を引きつらせた。  仕事終わりの人間でごった返す居酒屋。  ここは三藤の行きつけの店だ。  しかし頭一つ大柄で異国情緒あふれる美形のニューイがやたらウィスキーのロックが似合う態度を取ると、二人のいるテーブル席の背景だけがホテルのバーカウンターへと変化する。  心なしか声もハスキーになったニューイだが、本人的にはいつもと態度を変えているつもりも変わった気もしていない。  強いて言うなら、ただの九蔵不足だ。  セックスがしたいと言うより、九蔵に触れたい。かわいがりたい。  なので避けられるとつまらない。  逆に構いたくなる。 「嫌いじゃない。俺に問題もない。セックス自体も嫌じゃない。ならなにが不満だって? ン?」 「だからあれなんだろ? ハダカ見られんのが嫌なんだろ? 女ってそういうとこあるじゃねーか。恥ずかしいんじゃねーの」 「ハンッ! じゃあ目隠し着衣壁尻セックスでいいじゃねーか。隣の聖職者の寝室とうちの壁ブチ抜いてハメてやるよ」 「洋画のヒットマンみてぇな顔しとる」 「ノンノン。俺は恋人好みの王子様。ようく見てみな? カントク」 「目つきこッわ!」  失礼な監督にグッと顔を近づけ、ニューイはニヤリと甘い笑みを見せつけた。  九蔵の恋人は王子様であるべきだ。  ヒットマンなんてナンセンス。つまり自分は今も滞りなくプリンスに決まっている。  ドヤ顔のニューイを見る三藤が「ありのままでサイコ王子なんよ」と青ざめているが、ニューイは聞いていない。  ウイスキーを煽り、ほう、と憂いを帯びたため息を吐いた。 「一応恋人ちゃんの好みのタイプは意識してんのなー。文句言いつつ我慢もキッチリしてんじゃん。同じ男として、オジさんは尊敬します」  酒の力で口が滑らかになったニューイから事の全容を聞いている三藤は、出し巻き玉子をニューイの前に置きつつ頷く。  ニューイは一口で半分を食した。  三藤が目玉をひん剥いている。 「クク、酷い話だ」 「なにが? お前の食い方?」 「愛だよ。惚れた相手だからいつだって抱き潰したくなるのに、惚れた相手だから我慢する。矛盾だね。自分が愛しいくらいな」 「アッ全部食いやがった!」 「ハァ……わからん。全部注文」 「リモコン投げやがった!」  九蔵思いに耽りつつ酒のおかわりを求めるニューイに、三藤は「ほんッと性格かわるな!」と文句を言いつつニューイの頭をバシンッ! と叩いた。  もちろんノーダメージだ。  人の話をおもしろおかしく聞きたがったくせに急に殴るなんて、酷い監督である。  せっかく話を聞いたならなにかしら改善案が欲しいニューイだが、三藤の機嫌が悪そうだ。期待できそうにない。 「あ〜だし巻き俺も食おうと思ってたのに普通二口で食うか? ありえん。酒癖悪ィ男とかかわいくね〜ぞ〜?」 「連れてきたくせに勝手だなぁ」 「大人だからな。他人のノロケもいらねーいらねー。さっさと押し倒してヤれ」 「勝算あんのかねぇ」 「知るかい。俺は嫁さんとレスったことねーの。ヤリてーならヤれよ」 「ハハッ。セックス下手だろオマエ」 「さぁ? 下手かもな? お前よりは上手い程度にゃ」  三藤はクスクスと口元を緩ませるニューイを軽く流し、ビールジョッキを傾けた。  へそ曲がりめ。  どこにでもいるダメな大人に見えて、三藤はニューイ側のような気がする。年嵩を重ねると、逆に大人らしくなくなるのだ。  妻がいるというのならニューイよりも恋愛経験がありそうなので、やはりちょこっとくらいはアドバイスが欲しい。──ので。 「もっとイイ飲み屋に行こうぜ?」 「おう?」 「アドバイザーになってくれよ。ちゃんとかわいい誘い文句を考えたからさ」  胸キュンなセリフを一つ。  ニューイはテーブルにトン、と肘をつき、首筋をなぞるように体をかたむけ、トロける笑顔で三藤を上目遣いに見つめた。 「支払いは俺に任せろ」  語尾にハートがつきそうなバリトンボイスでそう言うニューイは、人間の喜ばせ方が基本、金な悪魔なのである。

ともだちにシェアしよう!