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「馴染んでるじゃねえか」
「馴染んでるわねぇ~」
逃げたがっていたくせにやはりしっくり夕菜と話が合っている九蔵を女豹コンビがしみじみと眺めるが、九蔵は気づかない。
ニューイが恋人になり二人で暮らすようになって、生活の不満にも慣れた。
ある程度はそれを伝えられるようになったし、ニューイとて、ただ九蔵に甘いだけの男ではなく、多少のワガママも言うようになっただろう。
だからこそ、こうしてバイト先で他愛ない雑談ができる。
あいつはこういうところがなぁ……、と言ったところで、結局離れていないのだから一緒にいたいということだ。
そう考えると、その感情をきちんと言葉や態度にしないのが男という生き物である。
「しかたない。なにに使ったのか知らないけど、しばらくお小遣いを少し多めに渡すことにしようかなっ」
「ミソ先輩、いいお嫁さんですね」
「もっと言ってくれたまえ~!」
なんやかんやで旦那をサポートする夕菜を前に、九蔵はパチパチと拍手をした。
夕菜は凄い。女性は好きな相手に尽くすことを恥ずかしがらないので、そこも男女の違いな気がする。
──そうして各々が話に花を咲かせていた時。
「ん?」
「あれ?」
「あら」
「おっと」
カラン、とドアベルが鳴って入り口を見ると、見覚えのある男と見覚えのない男が一つ目のドアを開いたところだった。
夜勤の九蔵は当然のこと。
女性三人も全員スタッフなので、みんなが反射的に入り口を見てしまい、各々が各々声をあげる。職業病である。
時計を見ると、まだ朝の七時をやや過ぎた時間だ。
朝定食を求める一般の客にしては少し早く、夜の仕事を終えた客にしては少し遅い来客二名。
うまい屋のドアは二重ドア。数秒後、カランと店内に大柄な二人組が入店する。
「本当にお客さんじゃなくても表から入っていいのかい? 仕事は大切なんだと、九蔵はいつも言っているよ」
一人は見覚えのあるショートブロンドの男だ。またの名を、ニューイ。
丼もの定食屋の背景が全く似合わない悪魔なプリンス系ドイケメンなので、遠目からでもすぐにわかった。
ミルクティー色のひざ丈チェスターコートに春らしい薄ピンクのシャツを合わせたオシャレな着こなしは、九蔵の知る限りできるネズミ社長の差し金だろう。
本人は言われたとおりに着ているだけである。おかげでニューイはいつも歩く宣材と化している。
「誰だ九蔵って。この千賀 三藤さんがいいって言ったらいいんだよ」
もう一人は、九蔵の知らない男だった。
とりあえず悪魔か人間か。
気になるところではあるが、いったん置いておく。
年の頃は四十代前半くらいだろう。少し長めのプリンと化したこげ茶の髪に、無精ヒゲ。
「ハッ……!」
目に覇気がないので一見するとダメ男だが、これは──匂うぞ。
九蔵は入店してきたニューイから中年男に視線を滑らせると同時に、キュピン! と性癖の気配を察知した。
顎に手をあて、吟味する。
この間、約三秒。
(この人……素材はイイ。髪と眉、ヒゲを整えて服装を正せば、なかなかのイケオジになれる気がする。俺にはわかる。なぜなら道行くイケメンに目を奪われること二十五年のメンクイだからだ。可能性を感じる)
「磨けば光るなコレ……」
「なにが? てかこの店員闇堕ちしてね?」
しまった。声が出た。
トコトコと九蔵の近くまで歩いてきたニューイと三藤を前に、無意識に口にしてしまった九蔵は素早く視線を逸らす。
「九蔵、おはようなのだ」
「おはようございます」
「お? そこ知り合いか?」
「そして九蔵、なぜカントクを匠の眼差しで吟味していたんだい? 九蔵のイケメンは私ではないのかな……?」
「んっ……!?」
「からのテンサゲか〜」
が、しかし。
近寄ってきたニューイがしょぼーんと顔文字のような表情で呼ぶので、九蔵は素早く視線をニューイへ向けた。
こちらのニューイさん。
九蔵の愛するイケメンにだけは、以前から敗北の危機感を抱いているのだ。
心配しなくてもニューイが一番イケメンである。贔屓目ぬきにドストライクだ。
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