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第八話 あっちこっちトラベル
それは、とある春の日のこと。
「…………」
バイト前の九蔵は、朝食の真っ最中、ポカンとニューイを見つめていた。
数秒前まではいつもの朝食タイムだったのだ。なんなら少しドキドキの朝食タイムだった。
接客業的に多忙なゴールデンウィーク前のこの時期は、九蔵とニューイが出会って一年ほどになる。
──なればこそ、そろそろシャイなインドア野郎とて、外出デートに誘う勇気くらいは持ち合わせているのではなかろうか?
そう自分に期待した九蔵は、休日を合わせてデートに誘おうとソワソワしていた。
もちろんリサーチは抜かりなし。
デスク裏に隠したお出かけスポット雑誌は付箋だらけである。検索履歴はつど消滅。ブックマークは見せられない。ボディのたるみは解消済みだ。
しかしそんな九蔵のお誘いイベントは、ゲリライベント〝ニューイの爆弾発言〟によって吹き飛ばされてしまった。
「ごめん。なんですって?」
「だから、私は悪魔の世界に帰らなければならないのだよ」
「…………」
しょもん、と眉を下げて再度同じことを告げるニューイ。聞き間違いではなかったらしい。嫌だ。嘘だと言ってくれ。
一瞬にして聞きたいことがいくつも脳を埋め尽くし、九蔵はフリーズした。
帰るとは、どういうことなのだろう。
自分の屋敷にくらいならなにも言わずに帰っている。
わざわざ申告するということは、ガチの帰宅ということなのだろうか。それとももう二度と帰ってこないということだろうか。だとすると原因はなんだろう。
一ヶ月前のケンカか? 根本的なマンネリか? デートに誘うのが遅すぎたのか? 至ってノーマルな夜の性活か? そもそもこの性格か? 顔か? 体か? 性別か?
なんでもいいがとりあえずそれを直すのでその件は一旦持ち帰り全九蔵で検討、議論したのち改めて話し合うということでどうだろう。
この間、二秒。ビックバン級の衝撃に、九蔵はコスモを見る。
「ビザの更新をするのである」
「あ〜ビザかぁ〜」
よかった。コメディルートだ。
視界のコスモが途端に現実へ切り替わった九蔵は、なにごともなかったかのように再起動し、わかったふうな態度で食事を再開した。
まったく、紛らわしい切り出し方をしないでほしい。
推しをロスしたオタクの末路は墓場だと言うに、軽率に殺人フラグを立てられて寿命が縮まった九蔵である。
「てかビザってなんの?」
「ノラ悪魔が人間の世界に滞在するためのビザだよ。悪魔とエクソシスト協会が提携して作った両世界のバランスを保つシステムで、イタズラに人間を害さない悪魔だという証明書でもある。これがないと、私は越後 明日夏たちエクソシストに祓われてしまうからね」
ニューイは未だにしょもしょもと眉をへたらせながら、説明をしてくれた。
基本的に悪魔は、人間となんらかの契約を結ばなければ人間の世界で長く形を保っていられない。行動にも制限がかかる。
仮契約はダメだそうだ。
あれはただの約束にすぎない。
有効なものは、魂を対価にした本契約か、その他のものを対価にした期間契約。
たいてい悪魔召喚や黒魔術、降霊術なんかで結ぶものがそれにあたった。
なので誰とも契約はしていないが人間の世界に滞在したい悪魔は、ビザを取得するらしい。
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