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 それから数日が経ち、うまい屋。 「は? ニューイのパフォーマンスアップのためにスタジオでしばらくバイトしてくれ?」 「そ!」  九蔵はぱちくりと目を瞬かせた。  桜庭姿でピーク時間にやってきたかと思えば特盛丼をペロリと食べきったズーズィが、人気がなくなってから切り出した話がこれだ。  曰く、詳細は省くが低迷したニューイのやる気アップには九蔵が必要とのこと。  なんのことやらさっぱりである。……というのも、恋人としていかがなものだろう。ニューイに変化があるなら誰よりも先に気づきたい立場じゃないか。 「……あー……」 「ちなみになに考えてんのかなんとなくわかるから言っとくけど、ニュっちクーにゃんの前じゃ自動的にハッピーボーイだから気づかないの当たり前ね? シリアス展開なお悩みとかじゃないし。むしろ笑うところだし」 「うーん……」 「全然聞いてねぇじゃんマジウケる」  ゲラゲラと笑うズーズィを見ているようで見ていない九蔵は、思考回路を最近のニューイの記憶へささげる。  なおズーズィは他に客がいなくなった途端プリンスオーラをひっこめてただのズーズィと化したため、崩れ落ちるようなことはない。顔はいいが。 (最近のニューイ……俺界のトップイケメンなのにモデルのやる気が低迷ってことは、メンタルの問題だよな? でもビザ問題が解決したし、盟友のナスが近所に引っ越してきて同盟活動盛んだし、ビルティの恋の名誉顧問にも就任したし、俺がバイトの間も遊び相手がたくさんいるから毎日陽気に暮らしてると思うんだけど……) 「……まぁ、仕事のトラブルとかあったんですかね」  私はなにも聞いてませんが。  複雑な感情が沸き上がった九蔵は当たり障りのない結論を吐きつつも、内心ムクムクとニューイの事情が気になり居ても立っても居られない気分になってしまった。いつものことだ。  こうなると毎回脳内がニューイに占拠されて、他のことは考えられなくなる。散々経験済みなので自覚しかない。  解消するためにはズーズィの提案に乗ってバイトをするべきだ。──そうと決まればさっそく頷こう! 「いつからお前は便利なカスタマーセンターになったんだ? ココ」 「っ!」  コンマ数秒で計画を立て返事をしようとした九蔵は、突然後ろから膝カックンを食らいビクッ! と肩を跳ねさせた。  後頭部を押さえて慌てて振り向く。  そこには案の定うまい屋の帝王こと増尾 榊──シオ店長が、スーツ姿で仁王立ちしていた。  九蔵はコンマで状況を理解する。  なぜここにいるんだ? という質問は野暮なのでしない。  榊は本日の相方ではないが、シフトが休みなら管轄内の店舗にどこからともなく抜き打ちで現れ、颯爽と業務を終わらせてからスタッフを弄って帰っていくのが榊である。 「おはようございます、シオ店長」 「なんだ、もう順応したのか? つまらん。情けない悲鳴くらいあげればいいものを……イチゴなら小学生ばりに癇癪を起こして経の一つも唱えたぞ」  たいていの物事には動じず順応する体質な九蔵が挨拶すると、榊は肩をすくめて大げさに嘆いた。  読経。それでいいのか見習いエクソシスト。 「それよりココ、少し話が聞こえた。お前、どこぞでバイトすんのか?」 「え、あ、はい」 「お前のことだからシフトのことを考えて問題ないと判断したんだろうしそれは別に構わない……が、ちょこちょこ他で働きすぎだろうが。軽率に助っ人に出るんじゃない。ココはうちのバイトじゃねーか」 「その言い方とその顔でその触り方は勘弁してください」 「気にするな。お前の反応がイマイチで気に食わなかった」  スラスラと意見表明をしながら九蔵の顎を指先でクイ、と上げて顔を近づける榊に、九蔵は犯罪者よろしく両手を上げて震えた。  カウンターのズーズィよ。  顔だけはいいのだからサイレント大爆笑は控えてくれ。

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