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で、その日の夜。
「ニューイさん。なにか俺に言っていない考え事があるなら、今言っておくのが身のためですよ」
「ゴフッ」
九蔵はドストレートに突っ込んだ。
いや、正直ニューイの職場でアルバイトすることになったことなんてどうでもいいのだ。
そんなことよりニューイである。
なにかあるならなぜさっさと言わない。なんのための恋人なのかわかりゃしないじゃないか。
ズーズィに話を聞いた時から仕事に身が入らないようななにかしらがあるらしいニューイがなにも言ってくれていなかったことを気にしていた九蔵は、ちゃぶ台を挟んだ向かい側のニューイをじっと見つめた。
器官に入ったみそ汁をゴホゴホやってから、涙目で「ど、どういうことなんだいっ?」と尋ねるニューイ。
それはこちらのセリフだ。
九蔵は手っ取り早くズーズィが来てニューイのモチベアップのバイトを頼んだ話をする。
するとニューイは赤やら青やら百面相をしたのち、もごもごと白状し始めた。
「実は、その……わ、私は、すーぱーだーりんになりたいのだ。すぱだりというイケメン界の頂点の称号が欲しい」
「……?」
「夢はすぱだりである」
ちょっとよく聞こえませんでしたが……誰の夢がなんですって?
九蔵は無言で耳に手をあて穏やかな釈迦スマイルで聞き返すが、ニューイは拳を握り、むしろ|力《りき》の入った様子で再度同じ言葉を重ねる。
すーぱーだーりん。
果たしてそれは目指すものだっただろうか。わからないがニューイはもうそれだと九蔵は思う。
しかし本人はそう思っていないようで、全然違うと首を横に振られた。難しい。定義が不明だ。
そもそもニューイの夢は〝玉子焼きをくるりと巻くこと〟だったはず。ポメポメプリン並みに平和な夢である。
九蔵に理解はできないが、とりあえず経緯はわかった。
しかしそれがいったいモデル業が上の空なこととどう関係があるというのか。
「それはシンプルに考え事をしていたから上の空だっただけだね!」
ものごっつい普通の理由だった。
へへへと鼻頭を指でこするニューイの爽やかな返答に、九蔵ははははと乾いた笑みを漏らして白米を貪った。平和で結構。
「だってほら、憧れのすーぱーだーりんのことを考えるとポンコツダーリンの私は大手を振って格好つけにくくてな……なんというかこう、私はダサいだろう?」
「ちょい待ち。それはつまり俺の推しメンがダサいってことですかね?」
「!? わ、私が九蔵の好きなものをけなすわけがないじゃないか! しかしこれは私という存在の話あってだな……!」
「戦争だぞ」
「わかったわかった私が悪かった言い改めるっ。めったに出さないドスの利いた声ですら全然かわいいが、九蔵に睨まれると死にそうになるのだよ」
慌てて撤回するニューイに、九蔵はならばよしと頷く。
九蔵の挙動でデッド・オア・アライブなニューイは、自分を貶すと戦闘モードに入るイケメン全肯定マンの九蔵にこの議題では勝てた試しがなかった。
まったく、軽率な発言は控えてほしい。
なにを目指すのもニューイの勝手だが、誰の許可を取って世界一いい男をダサいと形容するのかは理解に苦しむ。
それでもまだでもでもだってとピヨピヨ囀るニューイに「俺の恋人がポンコツだって言うのか」と圧をかけると、卵のように黙り込んだ。二度目の敗北だ。
「んじゃ、とにかく今入ってるシフト終わらせたら俺がサポートスタッフバイトでお世話になります。上の空もほどほどにな? スパダリ願望が極まったら俺んとこ。面と向かっては恥ずいから原稿用紙で提出する」
みそ汁をすすりつつそう言うと、ニューイは「イケメンを称える業務の頼もしさが凄い」と呟いた。
まぁ悩んではいなかったらしいので一安心だ。密かにほっと安堵する。
九蔵がイケメンに憧れるようにニューイもスパダリに憧れたのだろう。
なぜそうなったのかはわからないが。
大方どこぞの監督あたりが俗世の知識を植え付けたに違いない。
「っても撮影現場か……仕事はズーズィに前もって説明しておいてもらうけど、どんな人がいるのかわからんのは落ち着かねーな……クソ陰キャだからいびられたりすんだろうな……」
「平気さ。最近特集の撮影があって九蔵の好きそうなキラキライケメンもいるし、きっと楽しい。新人さんの九蔵は私が守るのだよ! ばっちゃんの名に懸けて……!」
「あ、それ昨日ドラマやってたやつ。今夜見ようぜ。録画したから」
「うむ! ドリンクとスナックを用意しようっ。せっかく時間が合っているのだから、お風呂は一緒に入ってくれるのだろう?」
「……俺が洗って湯舟入ってから呼ぶから、したら入ってきてください」
「ご無体なっ!」
あれこれ予想を立てつつも、ディナータイムは平和に過ぎていくのであった。
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