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「九蔵、九蔵」 「はい。っ、と、どした」  そうしてへの字口のままそつなく控室の後片付けをテキパキこなしていく九蔵のそばへ、ペットボトルのお茶を持ったニューイがやってきた。  お茶を取るという名目で話を中断してきたらしい。  小声で話しかけるニューイへの第一声は実に低かった九蔵だったが、ニューイの顔を見て素早く平静を装う。 「リョーマとばかり話していてごめんよ。しかし私もリョーマもいつでも九蔵を話にまぜる準備があるからね」 「あ、いや。それは大丈夫です」 「むっ? そうかい? うーむ……もし九蔵が嫌ならそう言って、リョーマを一時的に追い出すことができるぞ。リョーマは何事も正直に言えば全く気にしないいい男であるし、問題なく笑って出て行くはずさ!」 「いやいやそれも大丈夫です。むしろ全然大丈夫です!」  凌馬と話しながらも九蔵を気にかけていたニューイの申し出に、九蔵は必死になってブンブンと首を横に振った。  ああそうだろう。そうだろうとも!  なんなら九蔵本人が直接「俺を差し置いてニューイと会話を盛り上げるとかどちゃくそ嫉妬するわいこの陽キャイケメン! 距離感近すぎ!」と言ったところで一切気にせず、むしろそっちのほうがいいとばかりに爽やかスマイルでんじゃ帰るわと去っていくだろう。  しかし九蔵は、そう言えない男なのだ。  そして言えば凌馬の裏の性格からして従ってくれるかもしれないとわかっているのに男のプライド問題で言わない九蔵がアホなのだ。傷ついてもネガティブにもなっていない。  それをニューイに言わせるのはただのクソ野郎である。  仕事仲間と楽しい会話禁止って。  それを彼氏に言わせるって。  別にイジメられてるわけでもないのに個人的感情を持ち込んでスーパーアイドルを追い出すって。  職場環境ブレイカー業者の方ですか? ってなもんじゃないか。恥を知れ自分。まだなにもしていないけれども。  そんなわけで全力で否定した九蔵は、ニマッと口角を引きつらせた笑顔で親指まで立てた。 「休憩時間ならまだ終わってないぜ。撮り直しあるかどうかは打ち合わせが終わらないとわかんねーから、二人とも待機だし。俺は全く気にしてねぇから、ニューイは凌馬といつも通りにしてな」 「平気なのかい?」 「平気なんです」 「ふむ。なら特にヤキモチや個人的なモヤモヤなどもなく九蔵はオールオッケーということになるが」 「なるんです」 「うむ、それならよかったのである! あまりベタベタしない約束なので、私は表立ってキミに構えないからな。九蔵の言うとおり、これからもリョーマとはいつも通りに接するとするよ!」 「いーんですッ!」  ──ああ、もう、俺のバカ……ッ!  せっかくのチャンスをベコベコにたたきつぶして無問題の証文を発行してしまった九蔵は、内心血の涙を流しながらキランッと歯を光らせて笑顔で頷く。  そしてその視界のすみで凌馬がほーうと音のない拍手を送る姿を見つけ、やはり難易度選択肢をミスった! と思いっきり後悔する九蔵であった。  くそう、顔がいい。  凌馬め。顔がいいのでニューイと仲良く話している姿でも結局眼福ではあるところが、一番悔しいところなのかもしれない。

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