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◇ ◇ ◇
出勤日がやってきた。
もう言わずもがな相変わらずの光景で、九蔵はムッスと不機嫌を燻ぶらせつつ、テキパキと働く。
ニューイは九蔵に構わないようにしているのでことさら控えめだ。
控えるイコール、空いた時間は九蔵以外に埋められる。
悲しきかな、ニューイとヤキモチは縁遠い。両想いなら不安はないと。シャイニングワンコとの温度差め。
仕事の面では問題ない。
むしろ凌馬へのジェラシーを燃料に燃え上がり、鬱憤の数だけよく働いた。
怒涛の勢いで働く九蔵にスタッフたちがおお〜と拍手を送るほどだ。
それどころじゃない九蔵にはその賞賛も届いていないのだが。
そうして今日も今日とて午前中を終わらせた九蔵が、ランチタイムをどうしてくれようかと考えていた時。
「へいアルバイター」
やる気のない怠惰なおっさんの声が聞こえたかと思うと、背後からガシッ! と肩に腕を回された。
九蔵の目から光が消える。
声と態度とその他諸々、犯人は誰だかわかっていた。
確かに磨けば光るが、磨いていない今はただの中年だぞ、と。
「なんでしょうか、監督」
「なんでしょうかはこっちのセリフって感じ? ほら、おじさん一応現場監督だから、スタッフのパフォーマンス管理もおじさんのお仕事なの」
「はぁ。自己管理してください」
「お前俺にだけ辛辣だよな」
なんだその気の抜けた返事は、と頬を引きつらせる三藤に、九蔵は同じ返事をした。
辛辣なのではない。
三藤の好感度が初期値から上がっていないだけである。九蔵は好感度補正の男。
そこのところをわかっていない三藤がなんでいなんでいと拗ねるので、抱かれた肩をすくめる九蔵は下手くそな愛想笑いを浮かべておいた。ドン引きされた。コノヤロウ。
「あー……もうわからないことがわかったんで、用事を早く言ってくれませんか」
「え〜」
「え〜じゃないですよ」
「つっても、あんま気にすんなよって言いに来ただけだけどな」
「なにがですか」
「ほら、凌馬は手強いだろ?」
「…………」
途端、九蔵はピタ、と黙り込んだ。
ちょっと待て。
なぜ自分がやきもきしていて、その理由が凌馬だとバレているんだ。
というかどこまで知っているのやら。
プロの習性で表情は変わらないものの、九蔵は思考回路に合わせてタラタラと冷や汗を流す。
表向きは何事もなかったはずなのでもしかして凌馬の態度かとも思ったが、態度は変わらないし相手は演技派である。
数多のイケメンを鑑賞してきた九蔵は、凌馬が演技に定評があるイケメンだと知っていた。有り得ない。
「あー……まぁ、人気アイドルは強かじゃないと務まりませんしね」
「おーおー。それと俺になんの関係が? 的な顔してっけど、九蔵くんがイケメン大好きって知ってる俺にゃ凌馬チラ見しすぎのくせに不機嫌顔でバレよ。諦めろ」
「…………」
「そしてなによりお前のこと気にかけるように嫁から言われてる俺の気持ちを考えろ」
うまい屋で一番優しさに溢れている夕奈を娶った三藤の言葉に、九蔵は無言で両手を軽く上げた。
お手上げポーズ。
三藤は呑気にワハッ! と笑う。笑いこっちゃねぇ。
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