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第57話 ∥
(アランside)
俺は旦那様の指示である組織を追っていた。
先日、その組織のアジトがあると情報が入って、俺はそこに向かった。
その途中、一人の子供に会った。
その身なりから、恐らくスラム出身の子供。
俺が話しかけると、返事をしてくれた。
この子供はまだ他人と会話をする意思があるとホッとした。
相手が子供ってことで、完全に油断していた。
その子供と話をしていると、突然腹部に衝撃が走った。
見ると、腹部にナイフが刺さっていた。
その子供は俺を刺すと、さっさと居なくなってしまった。
………完全に失敗した。
スラムに居たときは誰に対しても警戒していた。
相手が誰だろうが、常に気を許さなかった。
旦那様の下に来て、それが薄れていた。
……この俺が、ここまで平和ボケしてるとはな。
そう思って、俺は苦笑を漏らした。
何とか邸まで戻る。
裏口から入ったところで、俺は力尽きて動けなくなってしまった。
……さぁ、どうするか…
「アラン!?」
そんな事を考えていると、そう声がした。
誰だと思って見ると、ディラント様が心配そうに見下ろしていた。
ディラント様は必死に呼び掛けてくれる。
………俺の事を心配してくれてるのか。
俺が諜報活動をしている事を知ってるのは、旦那様とその近くに居るごく一部の人だけ。
今ここで騒がれるのは困る。
そう思って、俺は力を振り絞ってディラント様の口を塞いだ。
『少し黙って』と言うと、ディラント様が小さく頷く。
それを確認すると、俺は手を離した。
ディラント様が何か言ってるのは分かってた。
でもそれに答える余裕がない。
……まずいな、血を流し過ぎたか。
そう思っていると、腹部がグッと押さえられた。
見るとディラント様が傷口を押さえている。
「……何を…」
「血を止めないと」
そう言ってディラント様は更に傷口を圧迫する。
「……大丈夫、ですから…放っておいて…ください」
「こんな状態で放って置けないです。何とか部屋まで動けないですか?」
「私は、どうなっても……構いませんから」
旦那様だって、俺に利用価値があるから傍に置いてるだけ。
失敗した俺は、どのみち切られる。
その程度の存在。
俺の代わりなんていくらでも居る。
「……ディラント様…もう、いいですから」
そう言って、俺は傷口を押さえるディラント様の手を退けようとした。
「あぁ、もう!ごちゃごちゃとうるさい!」
そう怒鳴られて、胸ぐらを掴まれる。
「もういいって何だよ!こんな怪我してる人を見捨てろって!?そんなの無理に決まってるだろ!」
ディラント様はそう言って、俺を背中に乗せて立ち上がった。
驚いた。9歳の、それも普通の9歳の子供より一回りも小さいディラント様が俺を抱えるなんて思いもしなかった。
でもやっぱり体格差があるせいか、ディラント様はふらついてる。
「…ディラント様、下ろして…ください」
そう言って抵抗してみるけど、力が入らない。
「…ディラント様…本当に、もういいんです」
「……ちょっと黙って」
そう言うと、ディラント様のアイスグリーンの瞳がスッと鋭くなった。
「さっきから放っておけとか、もういいとか何なの?死にたいの?」
ディラント様がそう言うと、鋭かった瞳に今度は悲しみが宿る。
「……俺はアランが死ぬのは嫌だよ。今の俺に取って、この邸の人たちは家族なんだ。もう二度と、家族は失いたくない」
そう言ってディラント様が目を伏せる。
………この人は、なんで俺なんかの為にこんな表情をするんだろう。
なんで俺なんかを家族と言ってくれるんだろう。
分からない。
でも……そう言って貰える事が、ちょっとだけ嬉しい。
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