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第58話 ∥
……重い。
流石にディラントの体じゃ15歳のアランを運ぶのには無理がある。
でもここで下ろす訳にはいかない。
アランはグロウ家の諜報員だ。
でもその事を知っているのはごく一部の人だけだった筈。
他の人に知られるのはまずいと思う。
それにこんな怪我を放って置いたら、アランは確実に死んでしまう。
それだけは嫌だった。
突然この世界に放り込まれて一人ぼっちだった俺に、新たに出来た大切な家族。
もちろんアランもその一人だ。
俺はもう大切な人に会えなくなるのは嫌だ。
そう思っていると、突然アランの体がずしっと重くなる。
俺は突然の事で支えられなくて倒れ込んでしまった。
倒れ込んでしまった俺は慌てて起き上がると、アランの様子を見た。
アランを見ると、気を失ってしまってる。
顔色もあまり良くない。
……急がなきゃ。
そう思って、俺は再びアランを抱えると自分の部屋に向かった。
何とかアランを部屋に運んでベッドに寝かせると、俺は疲労から座り込んでしまう。
……休んでる暇はない。
そう思って、俺は力を振り絞ってアランの手当てをした。
服をめくりあげて水魔法で傷口を洗う。
血が洗い流されて傷口が露になった。
その傷口は明らかに刃物による刺し傷。
……ひどい、誰がこんな事。
俺はシーツを裂いて傷口に当てると、そこに更に細く裂いたシーツを包帯代わりにして巻いた。
これはあくまで応急措置だ。
ちゃんと手当てしないとアランが持たない。
そう思って、俺は伯爵様の所に急いだ。
「父様!!」
俺は伯爵様の執務室に来ると、ノックもせず扉を開けた。
執務室には伯爵様と側近の人が居る。
「ディー!?」
突然来た俺に伯爵様が驚く。
「ディー、どうしたんだい!?どこか怪我したのか!?」
そう言って伯爵様が慌てて駆け寄ってきた。
俺は一瞬何を言ってるのか分からなかったけど、自分の血だらけの姿を見て伯爵様が慌てた理由が分かった。
「大丈夫です、これはアランの血です」
そう言うと、伯爵様の顔が険しくなる。
「…アランの?それはどういう事だい?」
「詳しい説明は後でします。今は早く医者を呼んでください。このままだとアランが」
そう言うと、伯爵様が側近の人に目配せをする。
それに気付いた側近の人が小さく頷いて部屋を出ていった。
その後、俺と伯爵様はアランの居る部屋に移動した。
移動中に事の顛末を説明した。
邸の裏手でアランを見つけた事、誰かに刺されたみたいで、腹部にひどい刺し傷があったこと、俺が部屋まで運んで応急措置だけはしたことを説明した。
部屋に着くと伯爵様はベッドで寝ているアランに駆け寄った。
伯爵様は眠るアランの頬に触れた。
「ディー、アランを助けてくれた事、礼を言う」
そう言う伯爵様に、俺は首を振った。
「こんな状態のアランを放っては置けないですから」
アランは自分は伯爵様の捨て駒だと思ってる。
伯爵様の様子から、アランを捨て駒なんて思ってないと思う。
アランもそれをちゃんと分かってくれれば良いんだけど。
しばらくすると側近の人に呼ばれた医者が来た。
医者はアランの様子を見て、急いで傷の治療に入った。
「もう大丈夫ですよ」
治療を終えた先生がそう言う。
「もう少し遅かったら危なかったですが、傷口を布で覆って出血を押さえたのが良かったですね」
と先生は俺を見る。
先生は『しばらく安静にしてれば回復します』と言った。
俺はそれを聞いて、体の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「ディー!?大丈夫かい!?」
座り込んでしまった俺に伯爵様が駆け寄ってくる。
「……すいません、気が抜けてしまって」
アランを部屋まで運んで、応急措置をして、伯爵様たちを呼んで……流石に限界だったみたいだ。
「今日はもう休みなさい。話はまた後日にしよう」
伯爵様にそう言われて、俺は頷いた。
多分、色々聞かれるだろうな。
"俺"の事は話せないから、どうやって説明しよう。
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