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第90話 ∥
(アランside)
ディラント様の部屋に入ると、ディラント様は自らお茶を淹れ始めた。
俺が代わると言っても大丈夫だから座ってるようにと言われてしまった。
仕える相手にお茶を淹れさせて、従者である自分が座ってるなんて有り得ないと俺は慌てた。
結局俺は手伝う事を許されず、ディラント様が全て準備してしまった。
ディラント様が俺の向かいに座る。
俺にもソファに座るように言われてそれに従うとカップを手渡された。
本来、従者が主と一緒に座ることはない。
身分の高い者と肩を並べることは失礼に値する。
だからこの状況に戸惑った。
でも差し出された物を受け取らないのも失礼になると思って俺はカップを受け取った。
俺がカップを受け取ると、ディラント様が嬉しそうに微笑んでお茶を口に運んだ。
さっきから、また心臓がうるさい。
本当に何なんだ。
俺はそれを誤魔化すようにお茶を一口飲んだ。
その瞬間、良い香りが広がって俺はホッと息を吐いた。
「……落ち着いたみたいですね」
「え?」
俺がディラント様の顔を見ると、ディラント様はにっこりと笑ってもう一度お茶を口に運ぶ。
「どこか思い詰めてるように見えたので」
その時、始めて表情に出ていたことに気付いた。
俺は持っていたカップをそっとテーブルに置いた。
「……ディラント様に謝らなければいけないと思っていました」
「俺に?」
「はい、俺のせいで危険な目に合わせてしまって、すいませんでした」
そう言って頭を下げると、すぐにディラント様に戻された。
「アランさんが謝る必要は無いです。今回の事件は俺が企てた事、謝るのは俺の方です。心配掛けてしまってすいませんでした」
そう言ってディラント様が俺に向かって頭を下げる。
「頭を上げてください!ディラント様が俺なんかに頭を下げてはいけません!」
「……『なんか』ってなんですか?」
ディラント様の声が少し冷たくなる。
「え?」
顔を上げたディラント様の瞳が鋭く光る。
俺はその瞳に一瞬引いてしまった。
「俺は自分が悪いと思ったら誰にだって頭を下げます。そこに身分は関係ありません」
そう言ってディラント様が怒る。
「申し訳ありません。そんなつもりで言ったんじゃないんです。ただ、ディラント様が誰にでも分け隔てなく接していらっしゃるので……」
俺は所詮スラム出身の従者にすぎない。
そんな俺に何で……
俺が目を伏せると、ディラント様からため息が聞こえてきた。
「アランさんは忘れてるみたいですけど、俺もスラム出身ですよ?」
「……でも私とディラント様は立場が違います」
「……うーん、俺に取っては立場とかどうでも良いんです。俺はそういうの関係なく、アランさんと仲良くなりたいんです」
そう言ってディラント様は笑う。
「……仲良く?」
「アランさんは俺に取って大切な家族です。無くてはならない存在なんです。そんな存在の人と不仲になるのは悲しいです」
「……家族」
「はい、アランさんは俺の大切な家族です」
そう言ってディラント様がにっこりと笑う。
俺は何故か顔が熱くなって、ディラント様の顔が見られなくて目を逸らしてしまった。
「……そう、ですか」
そう言うのが精一杯だった。
ディラント様は俺を家族と言ってくれる。
元から家族が居ない俺に取って、その言葉がどれだけ嬉しいかディラント様は知らない。
どれだけ俺が救われてるかディラント様は知らない。
俺はずっとこの方の傍に居たい、この方を守りたい。
でもそれは、叶わないのかもしれない。
ならせめて、俺はこの方に全てを捧げよう。
何があっても、俺はこの方の味方で居よう。
そう心に誓った。
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