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閑話 ちょっとした革命
俺は今、リーナさんに頼み込んで厨房に向かっていた。
「ディラント様、厨房にどのような用が?」
厨房に向かう途中でリーナさんが不思議そうに聞いてくる。
それは多分、従者としては普通の反応。
本来、伯爵家の子息は厨房になんて行かない。
行っても出来ることが無いし、むしろ行こうなんて考えにならないと思う。
「お米が食べたいんです」
俺がそう答えると、リーナさんがきょとんとする。
「……お米、ですか?」
「はい」
「お米が食べたいのであれば、料理長の頼めば作って貰えますよ?」
『何故わざわざ厨房に?』とリーナさんが首を傾げる。
「俺は普通に炊いたお米が食べたいんです」
「……炊いたお米?」
そう言ってリーナさんがまた首を傾げた。
多分、リーナさんの頭にはハテナマークが浮かんでいるんだろう。
この世界にも米が存在する。
でもこの世界では、米は『炊く』のではなく『煮る』のだそうだ。
米料理というのは基本、お粥やリゾットのように柔らかい料理ばかりだ。
米料理は病人食のイメージが強く、普段の食事には殆ど出てこない。
その為、俺は非常に米に飢えていた。
これは日本人としての性なのかもしれない。
この世界に米があったのは嬉しいけど、まさか『炊く』という概念がないとは思わなかった。
俺は考えた末、誰も出来ないなら自分で炊けば良いという考えに至った。
厨房につくと、俺を見た料理人たちがざわつき始めた。
それもその筈だ。
料理人たちも、まさか邸の子供がこんな厨房なんかに来るなんて考えてもしなかっただろう。
俺は『騒がせてごめん』と心の中で皆に謝った。
ざわつく料理人たちの中から一人慌てて駆け寄ってきた。
「ディ、ディラント様!このような場所にご用でも!?」
そう言って俺の前まで走ってくると、コック帽を取ってペコペコと頭を下げる。
……えっと、この人は…?
目の前の人が分からなくて悩んでいると、リーナさんが『料理長です』と耳打ちして教えてくれた。
もう一度料理長に視線を向けると、料理長は緊張した面持ちで身構えていた。
俺は料理長に厨房に来た理由を説明した。
「……炊いたお米…ですか?」
料理長が首を傾げる。
やっぱり料理長でも『炊く』という意味が分からないみたいだ。
「料理長、少しだけ厨房をお借り出来ませんか?」
「……それは構いませんが、何をするおつもりで?」
「だから、お米を炊くんですよ」
そう言いながら、俺は腕捲りをして厨房に入った。
俺は料理長含め、料理人の人たちにお願いして米を炊く準備をしてもらった。
用意されたのは米が入った袋と、土鍋…は無いから普通の鍋。
あとはザルとボウル。
俺じゃ身長が足りないから、流しの下に踏み台も用意してもらった。
準備し終えると、俺は早速米を炊くことにした。
米の入った袋から米をザルに移す。
ここには計量カップなんてないから目分量になる。
水の量さえ気をつければ大丈夫だろうと思って、俺は少し多めに米をザルに入れた。
次に米を研いでいく。
米の入ったザルをボウルに重ねた。
こうするとザルを持ち上げるだけで水切りが楽に出来る。
ふと気付くと、俺の周りを料理人たちが囲って俺のすることをマジマジと見ていた。
俺は周りの目を気にしつつ、作業を続けた。
次に研いだ米を水につけておく。
時間は30分から一時間くらい。
この時、料理長から何で水に浸けておくのか聞かれたけど、正直俺もよく知らない。
別に浸けておかなくても良いけど、こっちの方が美味しくなるらしい。
それと後から聞いた話だけど、この世界の人たちは米を研ぐこともしないらしい。
軽く洗って煮ると聞いたときは、少し驚いた。
時間が経って、水を切った米を鍋に入れる。
そこに適量の水を入れた。
確か馴らした米に手を置いて、その手の半分くらいが適量だと聞いたことがある。
それを信じて水を入れると、その鍋をコンロに運ぼうとして重たいからと料理長が代わってくれた。
次に鍋を火に掛ける。
最初は中火で沸騰するまで。
沸騰したら弱火にして、その後はひたすら待つ。
そういえば、米を炊くときの歌があったな。
歌自体は知ってるけど、意味はよく分からない。
そんな事を考えていると、料理人の人が数人質問をしてきた。
他にも吹き溢れそうになってる鍋をオロオロとしながら見てる人もいる。
絶対に蓋は開けるなと言ってあるから触る人はいない。
俺はリーナさんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、料理人たちの質問に答えられる範囲で対応しながら米が炊けるのを待った。
しばらくしてグツグツという音がしなくなる。
もうそろそろかなと思って、俺はコンロの火を止めた。
鍋の蓋を開けると、炊けた米の良い匂いが広がる。
俺はその匂いに、思わず喉が鳴った。
炊けた米をしゃもじで混ぜる。
俺は混ぜながら炊け具合を見た。
見た感じ、うまく炊けてると思う。
その思って、俺は蒸らす為にもう一度蓋を閉めた。
これで30分くらい経ったら完成。
あぁ、楽しみだな。
久しぶりの炊きたてのご飯、どうやって食べようかな。
そのまま食べても美味しいけど、ここはやっぱりおにぎりかな。
俺はそんな事を考えながら時間が経つのを待った。
しばらくしてもう一度蓋を開ける。
米は十分に蒸らされてつやつやとしていた。
それを見た料理人たちから『おぉ~』と歓声が上がる。
うん、お米の粒もしっかり立ってて美味しそうだ。
そう思って、俺は味見の為に一口ご飯を口に運んだ。
口の中に炊きたてのご飯のほのかな甘味が広がる。
うまぁ~!
やっぱご飯は炊きたてが一番だな。
「あ、あの…ディラント様、我々にも……」
料理人たちが恐る恐る聞いてくる。
俺はフッと笑いつつ、料理人の手に一口分のご飯を乗せた。
ご飯を食べた料理人たちからまた歓声が上がる。
『これはうまい!』
『米がこんなになるなんて!』
そんな声が料理人たちから上がる。
俺は『そうだろう、そうだろう』とうんうん頷いた。
その後俺は、料理人たちにおにぎりの作り方を教えた。
本当は中に色々具を入れたいけど、それらを準備するのは時間が掛かるから今回はシンプルな塩むすび。
むしろ炊いたお米を初めて食べる人たちにはこっちの方が米本来の味が楽しめて良いかもしれない。
その後は各々が作ったおにぎりを食べて『これにはあれが合うんじゃないか』などと話始めた。
さすが料理人、米の炊き方も覚えたみたいだし、これからは色々作ってくれるかな。
そう期待した。
ちなみにおにぎりは夕食として伯爵様たちに出された。
俺は既におにぎりを食べていてお腹いっぱいで夕食は遠慮したけど、おにぎりを食べた伯爵様とシャロウネは気に入ってくれたみたいで嬉しかった。
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