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第168話 ∥
(シャロウネside)
『ディラントは誰か大切な人を亡くしているのか?』
殿下にそう聞かれて驚いた。
「……私は存じあげません」
「……そうか」
「殿下は、その事を聞いてどうするおつもりですか?」
「どうこうするつもりは無い。ただ気になっただけだ」
殿下を見る限り、その言葉に嘘は無いように見える。
……ディーが大切な人を亡くしたなんて話は私は知らない。
恐らく、私と出会う前の事なのだと思う。
それを私が知らないという事は、ディーはその事を私に……いえ、誰にも教える気は無いという事。
そしてそれが、ディーの抱える悲しみの原因。
「殿下、恐れながらお願いがございます」
「何だ?」
「ただ気になっただけと言うなら、ディラントの前ではその話題に触れないで頂きたいのです。私はディラントの…大切な弟の悲しい顔は見たくないのです。ディラントには笑顔で居て欲しいのです」
「……ディラントの笑顔か」
殿下は目を伏せて何かを思い出したかのようにフッと笑う。
「そうだな、私もディラントには笑顔で居て欲しい」
あぁ、やっぱり殿下はディーの事を……
・・・・・・・・・・・
少し前に従者に呼ばれて殿下は帰っていった。
「すいません、お待たせしました」
しばらくすると、学院の人に呼ばれていたディーが戻ってきた。
「いえ、大丈夫ですわ。では私たちも一度宿に戻りましょうか」
そう言って私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込んだ瞬間、ディーがため息をついた。
「どうかしましたの?」
どこか浮かない顔をしているディーの覗き込む。
「いえ……新入生代表の挨拶が少し憂鬱で……」
「ディーはそういう事は苦手ですものね」
そう言うと、ディーは項垂れてしまった。
そんなディーを見て、思わず笑ってしまった。
「エクレール学院で新入生代表を勤める事はとても名誉な事ですわ。帰ったらお父様にも報告しらければいけませんね」
「……明日からまた馬車移動なんですよね」
そう言ってディーがまた項垂れてしまう。
その様子に私もまた笑ってしまった。
大切な人を亡くした事がディーの抱える悲しみの原因、多分私たちはその悲しみを埋めることは出来ない。
でも願わくば、ディーにはこのままずっと笑顔で居て欲しい。
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