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媚薬を盛られた青年主人を慰めるつもりが、逆に慰められる従者のお話(3/3)
リンデルが目覚めたのは明け方だった。
窓の外では、空が薄っすらと白んでいる。
「……俺、あれから、どうし……」
体を起こそうとするも、あちこちが痛んで軋む。
「う……。いたた……」
なんとか半身を起こし、あたりを見回すと、ロッソが近くのソファで寝ているのが見えた。
「ああ、またこんなところで寝て……」
ロッソは俺が不安定な時には、いつもこうやって側を離れないでいてくれる。
それが嬉しい反面、いつまでも迷惑ばかりかけている事が心苦しかった。
そうだ。いっそのこと、ロッソも俺と同じ部屋で寝泊まりすればいいんじゃないか?
そうすれば、いつだって布団で寝られるだろう。
いや、それよりもまずは、俺が一人で自分の心くらい支えられるようにならなきゃか……。
自省しつつも、小さく自嘲するリンデルの気配に、ロッソが目を覚ます。
が、彼も同様に体が重いのか、ゆらりと静かに揺らめいて、それからようやく顔を上げた。
「勇者様……、お加減はいかがですか?」
「うん、体はちょっと重いけど、頭はスッキリしてるよ」
「それはまあ……あれだけなさいましたから……」
小さく呟くロッソに、
「頭は、って言ったのに……」
とリンデルが不満げにこぼす。
「では、体はまだスッキリしていないのですか?」
「…………いや、まあ、体も……スッキリしました……」
「それは良かったです」
ロッソに胡散臭げに微笑まれ、リンデルはしょんぼりする。
「ごめんな……その、薬に、気付かず飲んで……」
「勇者様の服用された薬品につきましては、こちらに偵察班からの調査報告書が上がっておりますが、ご覧になりますか?」
指し示されて、机の上にそこそこ厚みのある紙束が乗せられているのに気付く。
「……いや、また、後にするよ……」
「昨日そう仰った書類も、まだそちらにございますが?」
さらに積み上がった紙束を示されて、勇者が視線を彷徨わせる。
「え、ええと、それは、その、本当は昨日寝る前にやってしまうつもりで……」
「もう目が覚めたのでしたら、今から取り掛かってはいかがですか?」
「ぅ……そうします……」
リンデルが、渋々ベッドから下りてくるのを見て、ロッソは着替えを取りに向かおうとする。
それを、リンデルが引き止めた。
「ロッソはまだ寝てたらいいよ、どうせ寝たの遅かったんだろ?」
昨夜の件の後処理は、きっとロッソがやったんだろう。
あの男達への対処も、もしかしたらもう済ませてあるのかも知れない。
俺の着替えや、どろどろになったベッドの片付けだって、ロッソが一人でこなしたはずだ。
「ですが……」
躊躇う従者の肩を、リンデルはそっと押さえて、ソファに戻しかけ……。
「俺のベッドで寝たらどうかな。そこだと疲れも取れないだろ?」
と声をかけた。
「い、いえ、そこまでしていただくわけには……」
恐縮するロッソに、そんなに遠慮しなくていいのに。とリンデルは困った顔をしつつも、着替えを取りに向かう。
「着替えくらい一人でできるし、書類のチェックもちゃんとやるから、ロッソは休んでてよ?」
言われて、ロッソが渋々従う。
眠るつもりはなかったが、ひとまず目を閉じたロッソに、リンデルがそっと話しかける。
「昨日は本当にごめんな。俺のために、無理したんじゃないか……?」
「大丈夫ですよ。慣れていますから」
さらりと答えてから、ロッソは失言に気付く。
「……じゃあ、前の勇者さんともこんな事?」
リンデルの静かな声。それからは怒りも軽蔑も感じられない。
ただ少し悲しそうな、慰めるような響きだけは耳に届いた。
仕方なしに「はい」とだけ返事をする。
目を閉じていて良かったと、ロッソは思った。
彼が自分を悲しそうに見る事が、ロッソには一番辛かった。
「……」
しばらく、部屋にはリンデルが着替える衣擦れの音しかしなくなった。
リンデルから次の言葉が無いことに、徐々に焦りを感じてきたロッソがそっと目を開き体を起こす。
部屋の隅で着替えるその背へ、もう一度言葉を投げる。
「…………すみません。ご気分を害してしまい……」
ロッソの声に、リンデルはくるりと振り返ると、一瞬キョトンとして、それから微笑んだ。
「いや全然。大変だなぁと思ってさ。ロッソは凄いな」
まったく気にするところの無いその明るい声に、なぜかロッソの胸が痛んだ。
そしてふと、昨夜の報告の中でハッキリしなかった部分を、直接尋ねたくなった。
「卿は、娘達の誘いを勇者様がキッパリと断ったと仰ったのですが……」
「ん? ああ、ちゃんと断ったよ」
その言葉とは裏腹に、何やら勇者の態度がぎこちない。
「……なんと仰ったのですか?」
「ぅ……、こ、心に決めた相手が居るって……」
部屋の隅を見つめたまま、こちらに目を合わさずにボソリと呟くリンデルに、ロッソが大きなため息をつく。
「また厄介な言い訳を……」
「咄嗟に上手い事言えなくてさ」
リンデルが、照れ隠しなのか後頭部を掻く。
「あなたがお心に決めたお方は、一体どこのどなたなんですか?」
「…………さあ。……俺にもわからないや……」
リンデルの的を得ない返答に、ロッソはその背を遠く感じる。
まるで自嘲するかのような言葉だったにもかかわらず、その声は、見えない何かを必死で探しているようだった。
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