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第2章 落とし穴にはまりにいく
第2章 落とし穴にはまりにいく
というわけで、まさに棚ぼた式に咲良さんのご自宅にお邪魔する機会が訪れたのでありました。つれだって地下鉄を乗り継ぐこと、およそ三十分。レンガタイル張りの低層マンションに到着です。
咲良さんのお住まいは1LDKで、きれい好きとみえて掃除が行き届いていた。楽にしてくれ、と勧められたソファと壁一枚隔てた隣の部屋はおそらく寝室で、安らかな寝顔を想像するとほっこりする……。
もとい、白状すれば男の生理を解消する行為に耽りあそばしている場面がもやもやと思い浮かぶ。すると鼻血が垂れて、オフホワイトのラグマットをおめでたい柄に染め替えてしまいかねないまでに血圧が急上昇したりして。
閑話休題。ここが、咲良さんの城かあ……。
台所と居間の部分はオープンキャビネットを兼ねたカウンターで仕切られていて、ダイニングテーブルとソファセットは大正モダンなデザインのものでまとめられている。
前衛絵画風のリトグラフとか、多肉植物の寄せ植えが、お洒落だなあ。未だに親と同居で、おふくろの趣味のファンシー小物に囲まれて暮らす俺とは大違いだ。
鼻をひくつかせた。初訪問を記念して、微粒子と化してリビングに漂う咲良さんの残り香をガメて帰ろう(別名オカズの採取ともいう)。
すぅ、はあ。すぅ、はあ。
「来て早々で悪いが、台所に来てくれ」
咲良さんは一旦寝室に姿を消すと、上着とベストを脱いできた。ネクタイもゆるめられていて、オフタイムという雰囲気が醸し出される。
猛暑日も長袖のワイシャツで通す人だけに、衿元をくつろげて腕まくりをした姿が新鮮だ。あっ、マジに鼻血が……。
「腕をひらひらさせて、どうしたんだ? ……そうか、熱血指導を行なうにあたってコンセントレーションを高めているんだな」
笑ってごまかして、俺もワイシャツの袖をまくりあげた。実は念力を送っていたのです、と馬鹿正直に答えればドンビキされること請け合いだ。
あまつさえその念力たるや、ワイシャツのボタンが弾け飛んで胸がはだけますように、乳首がちらつきますように、と煩悩まみれのものときては即刻、叩き出されるに決まっている。
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