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第30話

  「どこが粗チンだ。親知らずを抜いたときより口を大きくあけても銜えきれないとは超弩級の寸法じゃないか」    海面に顔を出した海女さんのように、ぷはあっ、と暴れん坊を吐き出すと、顎の蝶番を揉みほぐす。親指と中指で輪を作り、亀の頭にかぶせてくると、 「いわゆるウタマロ、馬並みというやつか。いくら男は硬さと膨張率で勝負といっても引け目を感じるな」  憮然とした表情で眼鏡を押しあげた。 「トチ狂うにも程があります、課長が尺るとかって太陽が西から昇ってもありえません。ばい菌が口の中で繁殖する前に、うがいをしてきてください!」 「水揚げされたばかりのイカのようにぷりぷりと弾力があって、なかなかオツな舐め心地だったぞ」  イカって、おちんぽさんを評するに事欠いてイカって……。  洗練された物腰で周囲の人間を魅了する咲良さんが、かくも頓珍漢な言語センスの持ち主だったとは、びっくり仰天の新事実なのだ。  いや、その突拍子もない〝イカ発言〟さえ斬新な意見と受け止めて心のメモ帳に〝俺のイチモツはイカ〟と、でかでかと書きとめるのは、これも恋心のなせる(わざ)。 「まあ、いささか悪乗りしたきらいがあるからな。取引先に自社の製品を納入したときと同様に、ペニスに対してもアフターケアを万全に行なうのは当然のことだ」 「そりゃあ課長の仕事ぶりは神経が行き届いていることは衆目の一致するところですけど。けど、コピー機のメンテナンスと性器を同列に扱ったら、コピー機が気を悪くします」 「細かいことは言いっこなしだ。それにしてもチョコはドカ食いするものじゃないな。口の中が甘ったるくて胸焼けがする」  甘みを中和する特効薬と称して、咲良さんは煙草を咥えた。先っちょにあえかに余韻が残っていても、あの(なま)めかしくすぼまっては紫煙と戯れる唇で口淫に挑んでくださったとは、いまだに信じがたい。頬をつねってみたいのは山々だけれど、相変わらず縛られているために、それはできない相談だ。

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