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第50話

 「怖いか?・・・動くな」  その声は深く低い。  脳の中、いや、細胞にまでなり響くような声だった。  タクは情けないことに身動きできなかった。  身体が動くことを拒否する。  絶対者の言うことに逆らってはいけないと。    「振り返ってもいいぞ」  笑いながら言われた。  その声は楽しげだった。  買い物袋を手にぶら下げたまま、ゆっくりと振り返る。  振り返りたくなんかなかった。  だけど、命令に従わざるをえなかった。  圧倒的な存在感がそうさせていた。    【生きたアルファ】に会ったことはなかった。  死体なら、少年のおかげでなんどか見てるけれど。  コレが。   アルファ。  お前はなんてもん相手にたたかっているんだ。  少年に向かってタクは心の中で罵った。  意志を無視して、身体が動く。  ここまでの存在感。  身体の全てが言うのだ。  逆らうな。    危険。  危険だと。  振り返ったそこにたっていたのは、黄金色のアルファだった。  アルファの肌の色は様々であることは聞いていたし、その姿も様々であることは知っていた。  昔の神々のように。  鮮やかな肌と獣相を持つ・・・。  だから、黄金の肌もあり得るとはわかってはいたのだが。  それでも驚いてしまった。  その美しい姿は芸術品のようだった。  刻まれ創られた神々の像のよう。    2メートルはある巨体を美しい民族衣装で包んでいた。  どこの国のものかはわからない。  もしからしたら、アルファ独自の服かもしれない。  獣相の強いアルファの中には服を着ないものもいるが、このアルファはかなり人間に近かった。  その黄金の肌と。  顔の真ん中にある巨大な青い単眼以外は、巨体を持つ人間のように見えた。  人間にこれほどまでの圧倒感は持ちようもないのだけど。  青い瞳の美しさは宝石のようだった。  複雑な青が、瞬く、星のようだった。  そして真っ赤な髪は流れるままに伸ばされていた。  アルファは美しかった。  その醜悪さや、恐ろしさも含めて、アルファはアルファであるのだけど、このアルファは美しく。  とても恐ろしかった。  「・・・私のオメガが世話になっている」  アルファは楽しそうにタクに言った。  タクはガチガチ震えるのを止められない。  このアルファの番なのだ。    少年は。  それを理解したからだ。  このアルファの番と毎晩のようにやってるのだ。  それがどんな意味を持つのかをタクは知ってる。    殺される。  確定だった。  「・・・・・・殺さないよ、それでは意味がない」  アルファは笑った。  「今日は挨拶だけ。あの子が世話になってるからね、ワガママだから大変だろ。あの子は常識というものがない」  アルファは困ったように言ったが、どこか自慢気でもあった。  タクはただただ、ガチガチと震えている。  「君は?何?なの?かな?」  アルファはタクをじっと見つめて考えるこむ。  「わからない?・・・あの子は君に?何を?見て?る?」  心の底から不思議そうにアルファは言った。  それはタクが一番知りたいところでもあった。  なんでオレなんだ、と。  「君を?抱けば?わかる?」   黄金の指に頬を触れられ、鳥肌が立つ。  アルファに抱かれるのは死ぬことなのはよくよく知ってる。  ベータが死んでる現場も見てるのだ。  まさか、自分みたいな、平凡なベータをアルファが相手にするとは思わなかった、がそれを言ったらオメガが自分を相手にするとも思わなかったのだ。  「・・・言っただろ?殺さない」  アルファは、タクから手を離した。  「挨拶だけだ」  アルファは低く笑った。  そして、ゆっくりとタクに背中を向けた。  でも、まだタクの身体は動かない。    背中を向けられているのに、蛇に睨まれた蛙の気分はそのままだ。  「あの子をよろしく」  アルファは遠ざかりながら、笑って言った。  その姿が見えなくなった瞬間、タクの身体は自由を取り戻した。  買い物袋から手を放す。  アスファルトに食品がちらばる。  それをそのままに、タクはアパートへと走る。  走った。  とにかく、急いだ。  少年。  少年。  少年が!!!!!  少年の無事しか考えていなかった。    

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