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第52話

 「出ていけ!!今すぐ!!」  タクは泣きながら少年に言った。  いつも本気で出て行って欲しいと言っていたが、今日はそれ以外の選択をさせるつもりはなかった。  「タク・・・?」  少年はタクを驚いたように見詰める。  タクの思いが伝わったのか、いつものようにただ、「嫌だ」とは言わない。  「オレじゃ守れない!!オレじゃ無理なんだ!!ここにいちゃいけない!!」  タクは自分の弱さを知り尽くしていた。  自分には何もない。  何も。  何も、だ。  アルファが襲ってきても、少年達の身代わりにすらなれない。  ただ少年が何故だか自分を気に入っているのは知ってた。  そのためだけにここにいるのも。  でもダメだ。  ここにいてはいけない。  あのアルファは。  いや、アルファというものは、絶対に自分のオメガを諦めたりしない。  花はともかく、いや、番のいるオメガであっても、オメガである限りアルファから狙われる。  そして少年は、何があってもあのアルファの元に戻されるだろう。  何故、今、あのアルファが少年を見逃したのかはわからないが、諦めるわけがない。  「逃げてくれ・・・お願いだから逃げてくれ・・・」  タクは少年の肩をつかんで揺さぶりながら懇願した。  嫌だった。  このワガママな少年が。    屋敷に繋がれ、意志を無視して強いられ、犯されているなんて嫌だった。  ワガママで、傲慢で、好き勝手な、どうしようもない少年でないと嫌だった。  不意打ちの笑顔が子供みたいな少年じゃないと。  誰を殺していても、何をしていてもいい。    そのままでいてほしかった。  繋がれ、犯され、支配されるくらいなら、   全てを殺して進んで欲しかった。  だから。     逃げて欲しい。    ここから立ち去ってほしい。  タクはそれしか望んでいなかった。  「出ていけ!!逃げろ!!」  そう叫ぶタクの声は悲痛で。  その声に少年は目を潤ませた。  タクの本気がわかったからだ。  「嫌だ!!」  少年はそれでも拒否した。  「アイツが来たんだな・・・でも俺はタク、お前と離れるつもりなんかねぇ!!逃げるんだったらお前と一緒だ!!」  少年は怒鳴った。  タクを睨みつける目が怒っていた。  自分から離れようと、自分を逃がそうとするタクが許せないと。  少年はタクを自分のモノだと思っているのだ。  なんて。  傲慢な。  でも。    「オレなんか、アルファ相手に何の役にも立たない。邪魔にしかならない・・・だから。だから。二人で逃げろ。組織でも何でもいい、本当に助けてくれる奴らを頼れ!!」  タクは少年に懇願した。  身代わりにすらなれないことがわかっているから。  タクはこの世界にいくらでもいる、「優しいだけ」の男だ。  自分でも知ってる。   役たたずだ。   だから、今できることはこの二人を追い出すことだけだとわかってた。  「どこに行くのかもオレに知らせるな。知らなきゃ喋りようがない。知らなきゃ、何されてもいわないですむ」  タクはただただ少年に逃げて、そして、自由でいてほしかった。  だから泣いて頼んだ。  弱い自分は、拷問でもされたら、何か言ってしまうかもしれない。  ありがたいことに、組織についてはできるだけきかないようにしてたから、知ってることを全部話したところで、少年にまではたどりつかないだろう。  とにかく、あのアルファは少年がここにいることを知っていて、少年がタクに執着しているのを知っている。  今タクといる少年をあのアルファ見逃すのは、何かしらもっと酷いことのためだ。    少年をまもらなければならなかった。  「・・・オレの無力さを絶望にさせないでくれ・・・」  タクは懇願した。  泣きながら少年の目を真っ直ぐに見つめて、自分から離れることを願った。  少年は自由でないといけない。  迷惑で、残酷で、ワガママで。  でも、誰よりも自由でないといけない。  そのままでいて欲しかった。  少年の瞳が揺れた。  溢れるように。  まさかとおもった。  涙?  そんなバカな。  この少年は泣かない。  少年は泣かなかった。  だからあれはタクの見間違いだ。  頬に伝った一滴は。  「・・・俺がそんなに好きか?タク」  少年は静かに、また見当外れのことを言う。  全く。  こんなときに。  呆れる。  「クソっ!!そうだ。・・・好きだよ」  タクは言った。  だから。  出て行ってもらわないといけなかった。        

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