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第75話
長い間見なかったから、忘れかけていた母親の目は自分と同じ色だった。
弟と同じように。
淡い色の瞳。
タキはそれを見つめる。
母親は無邪気に笑った。
「私の赤ちゃん?」
タキの頬を両手で挟んで。
母親は。
母親は。
やっと自分を見てくれた。
タキは泣いた。
泣くタキの頬に母親はキスをする。
抑制剤に精神安定剤。
母親にはこれかもケアが必要だし、オメガだから欲望の処理も必要だ。
だが。
少なくとも。
自分の子供を見つけることはできるようになった。
トキはタキの背中に隠れている。
母親に会うのは、生まれてから初めてだから。
父親は。
母親が子供を抱くことにさえ嫉妬した。
父親の死体は片付けてくれていた。
母親はちゃんと服を着て、比較的落ち着いていた。
弟に父親についてどう説明するかタキは悩む。
父親を愛していた。
父親はタキもトキも愛していた。
それは間違いなかった。
でも。
父親は。
母親を虐待し続けていたのだ。
ずっとずっと。
もうそれを。
許すわけにはいかなかった。
母親を解放するためには。
父親を殺すしかなかった。
だから、タキは父親を殺した。
愛していた。
異形の父を。
憎んでいた。
母を虐げる父を。
殺したのは自分だ。
自分が扉を開けて、死に神みたいなオメガを引き込んだのだ。
「お母さん」
タキは母親を抱きしめた。
「タキ?・・・私の赤ちゃん」
母親は微笑んだ。
だから良かった。
母親は長く笑ってない。
喘ぎセックスによろこぶ以外では。
タキはしばらく母親を抱きしめた後、母親にトキを抱かせた。
トキは緊張していたが、母親が子守歌歌を歌うから。
安心したように抱かれた。
もっと幼い子供のように。
母親は庭にいた。
少なくともトキが産まれてからは、庭にさえ出たことがなかった。
母親は土の上に素足でたっていた。
太陽を浴びていた。
母親は陽の光に踊った。
トキを抱きしめながら。
母親は。
母親は。
間違いなく。
救われたのだ。
タキはそれでいいと思った。
だからいいと思った。
「お父さんの死をどれくらい隠せる?」
花が聞いてきた。
花はタキの隣で、指をタキの指に絡まらせてくる。
「ひと月。父親は離れに閉じこもっていたし、我が家にはそんなに使用人はいない」
そして、ボディガードに目をやった。
タキのボディガードは、タキの味方になってくれていた。
彼がいるなら、しばらくは持つ。
その間に白面の財産などを組織にとりこむ。
タキは父親の財産に興味はなかった。
元々、それらは父親のものだ。
アルファの家族は特権階級だが、それはアルファが生きている限りで、死ねば何もかもをなくす。
他のアルファに奪われる。
それくらい、アルファの家族なら知っている。
アルファが作った社会は。
確かに実力社会だった。
アルファの権力が子供に受け継がれることなとないのだ。
苛烈なまでの実力社会
でも、最低限の財産は白面がどこかに確保してある。
それだけが、タキとトキのものだ。
「いや、待て。このまま白面になりすますってのはどうだ?」
少年が言った。
少年はパッとしないベータを側に置いている。
この後、このベータとしたくてたまらないのが目に見えてわかるが、どうみても、パッとしないベータだった。
酷いところさえない。
「白面になりすます?」
もう一人、医者とよばれたベータが眉をひそめる。
組織の人間だと言った。
こっちはかなりしゃんとしたベータだった。
「ヤツはほとんど表に出ないでここからゲームしていた。俺が白面としてゲームに参加する」
少年がとんでもないことを言い出した。
「使用人に暇をだせ。父親がまた嫉妬に狂ったと言えば納得するだろ」
少年はタキに命令する。
タキは戸惑う。
何を言っている?
支配ゲームに参加する?
オメガのくせに?
アルファと本気でやりあうつもりか。
使用人に関しては問題ない。
確かに父親はひっきりなしに使用人を変えていた。
母親と誰かがちかづくことを恐れたからだ。
入れ替えても。
そこは問題はないだろう。
でも。
権力ゲームに?
オメガがアルファとして?
「俺がアルファなんざに負けるわけがないだろ」
少年は傲慢にわらった。
本気なのだと分かった。
「上の指示を・・・」
医者が言いかけたが、少年は携帯を差し出した。
電話は通話中だった。
「博士はいいと言っている」
少年は自信たっぷりに言った。
医者はあわてて携帯をうばいとり、話をし、困ったように頷いた。
どうやら少年の話のとおりらしい。
少年は大声でわらった。
楽しそうだった。
タキは信じられないものを見ていた。
このオメガはベータを従え、アルファに挑もうとしている。
こんなオメガ。
こんなオメガ。
有り得ない。
「タキ!!」
呼び捨てにされた。
当たり前のように。
「今日から俺がお前のオヤジの代わりだ。俺に従え!!」
父親を殺したくせに、当たり前のようにそんなことを言う。
大体同じ年頃なのに。
タキは。
タキは。
それでもこの少年に惹きつけられていた。
花に恋したようではなく。
性の対象としててはなく。
なにか。
なにか。
このオメガの強さにただただ圧倒されていた。
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