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第83話

 少年は鼻から、血を流していた。  目も充血していた。  映し出される4面のディスプレイ、全てを同時に計算していた。  優秀な頭脳を持つアルファでも出来ないようなことを、オメガの少年はしてみせる。  キーボードを叩く。  見ている人間には全く意味がわからない数字がはじき出される。  だが、何をしているのかはわかる。  アルファを叩きのめしているのだ。  オメガが、だ。  少年はすっかり支配ゲームをモノにしていた。  アルファ以外は不可能とされているこのゲームを。  医者は待機しながらそれを見ていた。  さすがに少年はこれが終わればぶっ倒れるのがわかっているからだ。  使っているのは脳だが、集中力、緊張、アルファの体力をもってしても過酷なものを少年はやりとげていた。     それを可能にするものは一つは少年の特殊な体質でもある。  脳の活性化。  少年は体内のホルモンをコントロールできる。  脳内麻薬もガンガンに出せる。  脳の限界、運動能力の限界までを引き出すことができ、なおかつ、  少年はアルファ並みの頭脳を生まれながらに持っていた。  「アルファに飼われて抱かれて終わるには終われなかっただろうよ。あの子は」  【博士】はそう言った。  【医者】に。    もちろんいつもの定時報告、画面越しの会話だ。  組織のトップである【博士】に直接会ったものはほとんどいない。  医者でさえ、画面越しでしかない。  アルファから逃げ出した少年を保護した後、博士の元へ届けたが、直接会うことはなかった。  少年も、直後話をしたことはない、と言った。  少年も画面越しに話をしたのだと。    検査や、何らかの身体改造をされた時も、少年は眠らされ、博士をみることはなかったのだ。  画面に映る、年配の上品そうな男性の姿が、本当の博士の姿とは、誰も思っていない。  博士は組織の最高機密だった。  だが博士がいるからこそ、組織は存続できた。  アルファの支配からの脱却などという、狂った理想を掲げたテロリスト集団が存続できるのは博士がいるからこそ。  博士。   そして、少年。  組織はアルファを上回る力を持つ2人によって、現実味がなかったアルファ撲滅を現実にしようとしているのだった。  少年の身体が崩れ落ちた。   5時間以上にわたる戦いが終わったのだ。  医者は駆け寄る。    医者が画面を見たところで結果わからないが、だが、決まっていた。  この少年は。    アルファには絶対に負けないのだから。  医者が抱き上げて、ベッドに運ぼうとすると、少年は嫌がってもがく。  「タク・・・タク!!」  お気に入りのベータ青年の名前を叫ぶ。  医者は苦笑する。    この少年が何故あのばっとしないベータの青年に執着しているのかは、誰にもわからない。   だが、【仕事】以外では少年はあのベータの青年しか求めない。  何度も何度も、求めすぎて殺しかけているほどに。  「花を学校に送りに行ってる。すぐ帰るよ」    医者の言葉に少年は大人しくなった。  「すぐに来させろ。すぐに、だ」  偉そうに命令してくるが、さすがに、やつれて弱ってる。    点滴をしておこう。  連日の連戦は。  さすがに少年の体力を削ってる。    「図書館。手に入れた。俺のものだ。ファイルにパスワードが入っている。すぐに登録して、新しいパスワードに変更、誰かを向かわせろ。」  少年の命令がまた一つ。  だがこれは大切なことだ。  医者はすぐに、常につけてるインカムで、技術者に命じて、少年の命令を実行させる。  図書館。  アルファについての記録のみが集められた、アルファだけが閲覧できる図書館だ。    少年はそこでの権限を手に入れたのだ。  もっとも、アルファならば必要な情報には誰でもアクセスできる。  そこの管理者になる権利そのものにはそれ程の価値はない。  だが、少年は大量の情報にアクセスできるそのことに価値を見いだしていた。    「アルファの家系図だ。作り上げろ」   少年は言った。  アルファは家系を重んじない。  アルファは自分の血筋にも関心はない。  共に暮らすベータの子供と番のオメガには執着するが、それ以外は何も気にしない。  アルファにも両親がいて、兄弟もいる可能性はあるのだが、アルファは気にしない。  調べる者もいない。  アルファは生まれた時から一人なのだと思っている。  両親はただ、この世界にアルファを送り込むための機械でしかないと。  だから、兄弟であるオメガを番にしている可能性もある。  だから、父親であるアルファを殺している可能性もある。  奪った他人のアルファが母親である可能性もあるし、戯れに犯し、殺したベータが兄弟であることもある。  だが、アルファには大した問題ではない。   そんなことはどうでもいいのだ。  調べようとも思わないだろう。  家系図など当然ない。  だが、記録はあるのだ。  今いるアルファの家系図を作れ、と少年は言った。  それはアルファの始まりに繋がるはずだと。  始まり。  そこに意味がある。  どこかから現れ、人類をのっとった化け物達。  その始まり。  人類を改造し、犯し、子供を産ませ、人類を化け物とその番の苗床にした者達。  「始まりを調べろ」  少年は言った。  そこに鍵がある。                  

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