90 / 174

第90話

 「俺が白面だ」  あっさり少年は言った。  声をひそめてはいるが、こんなところでする話ではないし、大体白面はアルファだ。  だが、恐ろしい仮説をオメガはしてしまった。   まさかまさか。  「白面は、死んだ。オレが成り代わった」   ケロリと少年は言う。  仮説はあっさり事実になってしまった。  どう反応すればいいのかわからなくて、固まるオメガ。  少年はめずらしそうに、店内の客達がつれてきているペットを眺めていた。  犬がほとんど。   たまに猫もいる。    犬はリードにつないで、猫はゲージに、というのがルール。  大人しくできる子だけ、というのも。  一人だけ、オウムを連れてきている老人もいる。  少年はオウムをみつめた。    その鮮やかな羽を。    「お前のオウム」  少年は言った。  頼んだコーヒーを飲みかけていたオメガは思わず吹く。  神鳥のことだとわかった。  「なんとかしたい手を組まないか?」  少年は実に色っぽい目で見上げてくる。  腕に指を絡められた。  オメガに会うのは育ったセンター以来だ。  娶られたオメガが、他のオメガと交流することはほとんどない。   オメガについて、センター以外ではオメガが一番知らないのだ。  オメガとはこんなに妖しいものだったのかと、怖くなりさえする。  「なんとか、とは?」  オメガは怯えながら聞き返す。  まさかとは思った。  大体、アルファについてとか、アルファを殺害したとか、そして、する、とかいう話をこんなところでする自体がわからなかった。  混乱だけしていた。  「オウムからあんたを自由にしてやる」  少年は言ったから、やっぱりそういうことだと分かった。  自由になれる方法なんて一つしかない。  「俺がオウムに勝てばあんたは俺のモノだ。自由にしてやる。もう、あんたにも分かってるだろ、あんたは普通に生きれると」  少年の言葉の意味は分かった。  そう。  そうだ。  生きられる。  生きられるんだ。  抑制剤さえ手に入れば。  綺麗すぎる姿を少し変えれば、ベータ達に混じって生きられる。    身体の欲望はまあ、抑制剤さえあれば、自分でなんとか出来る程度に収められるだろう。  番が死んで、フェロモンにもうふりまわされなくなった身体だからこそ。  アルファのフェロモンももうこのオメガには効かない。  番はもう死んだから。  抑制剤の手に入れ方なんて。    結構なんとかなる。  オメガは自由に出歩くようになって、自分がベータ達より優秀であることを知った。  アルファほどの身体能力こそもたないが、人間、ベータよりは遥かにオメガは身体能力も知的能力も高いことを。      抑制剤を作っているのがベータである以上、いくらでも手に入れられることが分かっていた。  ベータを出し抜くのは簡単だから。  でも、アルファから逃げるのは。  逃げるのは。  逃げるなんて。    「逃がしてやるよ」  少年が言った。  もう分かってた。  いや、最初から分かっていたのかもしれない。  アルファ殺しのオメガ。  神鳥からきいたのだ。    この少年はそれだ。  それなのだ。  「話を聞こう」  オメガは言った。  言ってしまった。  だって。  ああ、もう。  ずっとずっと。  限界だったから。      

ともだちにシェアしよう!