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第94話

 羽根を広げて飛ぶには木々が邪魔だったが、翼で少し加速をつけて神鳥の脚力で跳ぶだけで十分だった。  羽ばたきと同時に跳ぶ、  瞬間で距離を詰める。  そこに叩き潰す肉体がある。  所詮、相手はオメガだ。  神鳥の拳は音を立てて振り下ろされた。  神鳥の拳はオメガの顔面を破壊するはずだった。  ぐしゃぐしゃになって吹き飛ぶはずだった。  だが、神鳥の拳は少年が立つ場所の隣にある木の幹につきささった。  太い幹に神鳥の太い腕がめりこんでいた。  神鳥は腕を引き抜く。  それと同時に木はメキメキという音を立てて倒れていく。  神鳥の拳の衝撃は、幹に穴を開ける以上のダメージを与えたのだ。   木の枝が擦れ合う音。    木にいた鳥が飛び立つ音。  落ちてくる葉や枝。  生木の折れる匂いが満ちた。  巨大な木が折れた。  外した。  神鳥は攻撃を外したのだ。  外さないわけにはいかなかった。  少年が神鳥のオメガの腹に手にした長い刃を突き立てていたからだ。  下手に少年をぶちのめせば、腹の内蔵を刃物て引きちぎることになる。  ギリギリ、急所を外して貫かれているのがわかった。  細長い刃はそのためだ。  うまく内臓をよけて貫いてある。  だが、力を入れてどちらかにうごかせば、内臓は斬られてしまうだろう  「動くな!!」  神鳥はつらぬかれたままの自分のオメガに怒鳴った。  下手に動けば。  死んでしまうから。     「お前もな、下手にうごくんじゃねーよ、オウム野郎。大事なオメガの内臓ぐっちゃぐっちゃにされたくねーならな」  少年は刃を杖代わりにしてもたれながら言った。  オメガの身体を貫き、長い刃物は地面に達していた。  血はほとんどでていなかった。  神鳥のオメガは犯された跡の残る姿のまま、腹を貫かれヒューヒューと喉から音を立てて、動かない。  見開かれた目から涙が零れ落ちる。  神鳥の胸が痛い。  オメガが。  腹を貫かれ苦しんでいるからだ。  少年が刃物から手を離さないから、神鳥は動けない。  大事な。   大事なオメガなのだ。  予想外だった。  神鳥のオメガはそんなに簡単に攫われたりしない。  頭もキレるし、訓練もしてある。  オメガの能力の高さに正直、感心したくらいだ。  アルファが直接攫うようなことでもないかぎり、手を出すものなどいないと思っていたが。  アルファは基本卑怯な真似はしない。  双頭以外は心配いらないと思っていたし、双頭は死んだのだし。  だから大丈夫かと。  ベータごときにどうにかされる心配はなかった。  まさか、オメガに攫われるなんて。    そして、この少年は神鳥のオメガを人質にしてきてる。  神鳥はオメガを殺されたくないから、下手に攻撃できない。  だが、少年も動けない。  神鳥のオメガから少しでも離れたなら、神鳥が殺しにくるからだ。  だが、少年は不敵に笑っていた。  

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