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第118話
「こちらの御屋敷はあまり仕事を頼まれることはないんだけとね。ほら、【黄金】様は穏やかな方だから」
仕事の大先輩であり、師匠となった爺さんが言った。
慣れきっている。
アルファが人を殺すのを、もう、天災や運悪く事故にあったのと同じにしている、このベータの感覚がおかしいのだと、タクも少年に出会うまで思いしなかっただろう。
アルファに殺されたって?
気の毒に。
運が悪かったね、その場所に居合わせたからだよね。
それですませただろう。
アルファの方が上手くごまかしてくれることもある。
アルファによっては殺されたと知ると遺族が苦しむだろうから、との配慮で交通事故として、遺族に伝えることもある。
優しさからだと。
でも大体、遺族もわかってはいる。
そう信じたいだけだ。
まさか、アルファに嬲り殺されたなんて、信じたくないから。
そう、アルファは無意味にベータを殺してまわりはしない。
アルファは慈悲深い支配者だから。
オメガを失ったり、出先にオメガを連れて行けなかったり、まだオメガを得ていない場合、代わりにベータをだいてしまうのはアルファの本能なので仕方ないのだ。
そう、本能だ。
その場所にその本能を沈めるオメガがいないのだから仕方ない。
オメガさえいれば、こんな悲劇は起こらなかったのだ。
だから仕方ない。
仕方ないのだ。
アルファは支配者だ。
逆らうなんてとんでもない。
ベータ達は殺された人間のために泣きはしても、アルファを責めることさえしないのだ。
オメガがいなかったことを責めはしても。
仕方ないじゃないか。
アルファがいなけれぱ、誰がこの世界を治めるのか。
ベータにアルファのようなことはできないのだから。
この平和な世界はアルファのおかげなのだから。
貧富の差もあまりなく、人類の歴史上1番平和な繁栄を築いたのは間違いなくアルファだった。
だから、人間、ベータ達は黙って受け入れるしかないのだ、と。
タクもそうおもっていた。
でも、少年と出会ってからはそれに疑問を持つようになった。
アルファに支配されるオメガであることを拒否する少年。
そうなんだから仕方がない。
与えられた中で幸せを。
良いアルファに出会えたなら幸せになれる。
そうじゃないとしても、どうしようもないことなのだから、出来る範囲で精一杯生きていくしかない。
【オメガらしい】そんな考え方を完全に否定する少年。
アルファがいなければ、アルファに所有されることなどなくなる。
そんな理由てアルファを撲滅しようとしている少年。
その考え方はテロリズムだし、どうなのかともおもうけれど。
でも。
アルファ達に支配され、それに甘んじている人類達がいいとはタクももう思えなくなっている。
そしてまだ、オメガである少年を抱くことにタクは怯えている。
オメガはアルファのものだから。
それは禁忌だから。
そんなタクに少年は言うのだ。
「お前が怯えなくてもいいように、俺がアルファをこの世界から消してやる」と。
本気でアルファを滅ぼそうとする者がこの世界にいて。
本当にアルファを狩っているのだ。
それを見てるから。
見てきたから。
ベータは。
アルファに殺されても仕方ない、なんてことはないんじゃないか?
タクでさえ、そう思いはじめていた。
「【黄金】様のところじゃ珍しいんだよ。あの方はほとんどベータを殺さないから。番のオメガをどこにでも連れて行かれるので不必要にベータを殺す必要がないんだ。だが、たまにね。本当にたまにね。アルファでいらっしゃるから暴走されることもある」
残念そうに仕事仲間の爺さんが言った。
黄金は人気のある領主だ。
アルファの権力のトップにいる。
少年が成りすましている白面の上に。
アルファの中のアルファだ。
その上、ベータをたまにしか殺さないし、領地は他のどこの領地よりも豊かで、領民は幸せに暮している。
むしろ必要な犠牲であるかのように、同じベータが殺されたのに爺さんは黄金を褒めたたえた。
ベータの死体の前で。
殺されたのは柔らかい茶色の髪と、オメガじゃないからまだ子供、そう、少年くらいの年齢のベータだった、
15才くらいの。
明るい茶色のカールした髪。
少年の金色程ではないけれど黄色味を帯びた目。
そう、ハッキリ言って。
少年に似ていた。
腸を貫かれ、腕を引きちぎられていた。
オメガとは肉体の耐久度が違う。
アルファがベータを抱けばこうなる。
最期は首を噛み切られていた。
うなじを噛んだのだ。
オメガにそうするように。
か弱いベータの肉体的では、首が髪切られていた。
分かりやすかった。
少年に良く似たベータを見つけて。
黄金は我慢出来なかったのだ。
それだけの理由で。
ベータを殺した。
まだ子供なのに。
タクはゾッとした。
【黄金のアルファ】が少年に執着していることがわかって。
でも。
最初に。
苦痛と恐怖で歪んだ、ベッドの上で死んでいるそのベータの目を閉じてやった。
箱に詰めて燃やす前に。
遺骨は家族に届けられるだろう。
腸や肉は散らばった排泄物等と一緒に燃やされて。
タクの指は優しかった。
少年によく似たベータ。
彼が殺されるのは、もう仕方ないとは思えなかった。
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