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第134話
何故白牛が?
そう花は思ったが考えるのは止めた。
今は時間のムダだ。
突然現れた白牛に走行中の自動車を殴りつけられ、車は今宙に浮いている。
今理解しておけばいいのはそれだけだ。
アルファの中でも最強クラスの膂力を持つ白牛ならこれくらいはやる。
時間がゆっくりになったのは、脳が高速で動いているからだと花は理解している。
生命の危機に身体が反応してくれているのだ。
時間の流れを非常時にゆっくりに感じることは、ベータにもあることだ。
だからこそ、適切に動かなければ。
花は宙に浮かんだまま、ゆっくり後ろのリアガラスにむかって流されながら、ドアにむかって手をのばす。
脳のスピードとは違って、身体の方は思ったよりもゆっくりしか動かない。
だがそれでもドアのロックを解除し、ドアを開くことはできた。
実際のスピードは数秒もないはずだ。
そして天井を蹴り、ドアの外へ飛び出す。
ゆっくりしか動かない。
近くにあるドアが遠い。
このまま車の中にいればリアガラスに叩き付けられ、窓を突き破り外に投げ出されるか、車に乗ったまま地面に叩きつけられるかだ。
アルファよりも耐久性のある身体を持つオメガとは言え、さすがにそれでは身動き取れなくなる。
ベータなら即死だろうが。
動けなけなくなれば、白牛に追撃されて殺される。
それだけは避けなければならなかった。
アルファと正面からやりあって、オメガが勝てるはずがない。
ゆっくりと開くドアから、ゆっくりと花は外へでる。
身体の全てが外に出るまで、とても長い時間に感じられ焦った。
この車から脱出できなければアウトだ。
肩がドアから抜ける。
ゆっくり腹まで抜けた。
わずかにぶつかりながらも足までがドアから抜けたそのとき、時間が戻った。
車から飛び出した宙から地面に猛スピードで落下した。
花は綺麗に回転して地面に降りる。
スタン
花のつま先が地面につくのと、ほぼ同時に
ダガッ
グシャン
自動車が地面にぶつかり潰れる音がした。
ブォン
ガソリンに引火して燃える音と熱風も。
花の長い髪を熱風がふきあげ、白い肌をオレンジの炎の光が照らす。
夜間で交通量が少なかったとは言え、完全に止まった道路にクラクションと悲鳴が響いていく。
アルファが起こした騒ぎだ。
アルファが走行中の自動車を吹き飛ばしたのだ。
アルファがすることに、何も抵抗など出来ない。
ベータ達はそれが分かると逃げていく。
潰れた車に誰も見向きもしない。
乗っていた車を棄ててまでにげていく。
花は唇を歪めて笑った。
なんて惨めな。
ベータはもう、こうやってずっとアルファに殺されることを諦めて生きてきたのだ。
オメガのおかげで今は犯されず殺されなくなったけれども。
「脱出したのか」
感心したように白牛が言った。
花は備える。
白牛は言いなりになるオメガしか知らない。
オメガが戦えることも、【本当には】知らない。
油断させて、逃げる。
この身体を【組織】に【届け】なければ。
組織に、お兄さんのところに。
花は死ぬわけにはいかなかった
そして、タキのもとに。
だが、セックスのパートナーとしては申し分のないアルファの身体は。
まともに戦う相手としては。
完全に不利だった。
白牛は大きかった。
アルファの中でもかなり大きい。
4本ある巨大な腕のどれもが、走行している自動車を宙に吹き飛ばすだけの力がある。
真っ赤な虹彩が花を見つめていた。
それは、花を犯した時の目にも似ていた。
当然か。
アルファには闘いは。
セックスと同じような位の快楽だ。
「ちょっとは、たのしませてくれよ。オメガと戦うのははじめてだ」
白牛は笑った。
花には笑えるところは1つもなかった。
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