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第169話
黄金の陰茎を名残りおしそうに、少年は引き抜いた。
精液が零れる。
これで。
これで。
俺が。
1位の。
最優位のアルファになる。
それを確信した。
そして。
それがやってきた。
それはまるで津波のようだった。
四方から高い波が叩きつけてくる。
身体が攫われ、叩きつけられ、バラバラされ、引きちぎられる。
流込んでくるのは記憶だ。
アルファ共通の。
古すぎて。
遡ることも出来ないものから、今生きている全てのアルファ達がから送られてくるリアルタイムで送られてくる記憶だ。
アルファ達はそれぞれの意識の下でつながっていた。
アルファとして繋がっていた。
今生きている、そして死んでいったアルファ達の記憶、意志、すべてが。
少年の小さな。
アルファという種族全ての意識にくらべたなら小さすぎるその中に全てが流れ込んできていたのだ。
少年の意識は引き裂かれ潰され、すり減らされていく。
「だからアルファは、大人になるまでの繭の中でこれを行うんだよ。自我のない真っ白なままで。自我などあれば耐えられるものではないからね。君はアルファの集団意識を今感じている」
黄金の声がした。
見えてないのに見える。
聞こえてないのに聞こえる。
なんでお前がいる。
殺したのに。
少年は砂つぶほどの断片にされながらさけんだ。
針のような記憶が大量に叩きつけられ、穴が、開けら存在が消えていく。
「これは生きて死んだ全てのアルファの記憶だぞ。殺されたとしても私がいるに決まってるだろ。さすがだな。これに耐えるか。普通なら自我を無くした抜け殻になるはずなのに。お前にはアルファの集団意識や記憶はないから。いや、何らかの形でお前たちオメガも繋がっていたのだろうな、でなけければ耐えられるはずがない」
黄金の言葉に少年は毒づく。
ふざけんな。アルファに出来ることなら俺に出来ねぇはずがねぇ。
「そうか。そうだな。そしてお前は私達を亡ぼすんだよな」
黄金の声は楽しそうでさえあった。
当たり前だろ。
生かしておくつもりはねぇ。
「まあ、私はこの地球の全員を殺すつもりだったからねぇ。お前に強く言えることなんて何もないんだが」
黄金は首をふる。
てめぇはなにが言いたいんだ。
【また】殺されてぇのか。
少年は声を荒らげる。
記憶に押しつぶされ、存在が弾け飛び、皮だけになりながら。
すり潰され砂になりながら。
「ほら、見ておいで」
優しい声で黄金は砂のように崩れ落ちた少年をすくい取り、その深淵へとサラサラと流し込んでいく。
深い深い深淵へと少年は落ち込んでいく。
湖に落とされた砂のように。
淡い光を弾く水面から、青く揺蕩う水中へ、そして深い光が届かなくなる水底へ。
一番底で少年は自分のカタチを取り戻す。
その深い底で少年はアルファを見つけた。
それは。
孤独な生き物だった。
蟻のような蜂のような生き物が闇の中を這いずっていた。
半分に引き裂かれた生き物だった。
喪った半身を求め続け、でもその半身はもう腐りおちている。
痛みと切り落とされた半身からの痛みに呻きながら、それでもアルファは半身を求めて、腐り落ちた半身の周りを回り続ける。
ああ、元には戻らないのだ。
でも、死ぬこともできないのだ。
この哀れな生き物はそれでも、生きて行かねばならないのだ。
痛みに苦しみ、呻きながら這いずり生きる生き物。
これがアルファ。
これはアルファそのものを表した形。
記号。
喩え
寓話。
彼らは。
満たされないまま生きていく。
彼等の半身は失われたのだ。
苦しみ瀕死のまま生きる生き物。
キォォォオオオォオオォォオ
哀れな生き物が泣いた。
自分でも信じられないことに、少年はその生き物を哀れだと思った。
何をしても満たされない。
苦痛を紛らわすために生きている。
なんて哀れな。
醜いその生き物の隣りに立っていた。
苦痛のために襲ってくるかもしれないとわかっていて。
化け物は少年にむかって、その半分しかない頭部にある巨大なハサミのようなアゴを開いた。
引き裂くための白い鋭い歯が半分しかない真っ黒な咥内が見える。
キヒヒヒヒイイイイ
それは怒りの声だ。
怒りと喪失からの飢えと苦痛。
お前は生きてるのか。
その半身は元に戻ることもないのに。
「殺してやるよ」
それは、優しい声だった。
楽になるといい。
まさかアルファに感じるとは思わなかった同情だった。
楽にしてやる。
少年は自分でも思いもしない優しさに、戸惑っていた。
生まれて此方。
同情なんかしたことがなかった。
奇怪な半身しかない生き物は威嚇の声を止めた。
そう、アルファは理解した。
やっとやっと。
世界を渡り歩き、沢山の生き物を滅ぼしながら続けてきた旅が終わることを理解したのだ。
彼等がこの世界に来たのは失われた半身を得るためではなかった。
オメガを作り出したのは失われた半身の代わりを作り出したのではなかった。
この意識の底まで降りてきて。
全てのアルファに救いを与えてくれる者を作り出すだめだった。
アルファは大人しく、たくさんある脚を少年へと差し伸べた。
少年はどうすればいいのかわかっていた。
その奇怪な怪物を抱きしめた。
苦しみ続けた生き物を。
これが意識の世界なら。
これがアルファの集合意識なら。
思うことがその力になるなら。
ここに降りてきても、集合意識に取り込まれることのないオメガなら。
オメガだから出来ること。
少年は思った。
炎について。
何もかもを燃えて消し去る炎について。
だから。
化け物は燃え上がった。
水底でも消えない炎に呑み込まれ燃え上がる。
少年の腕の中で。
何一つ残さずに消え去った。
腐り落ちた半身とともに。
「もうくるしまなくてもいい」
少年は言った。
消し去った。
アルファを。
何一つ残さず。
終わったのだ。
水底にむかって光が満ちていく。
アルファの意識が消えたから、この精神世界も消え去るのだと少年はわかった。
「望んだ結果だったか?」
いつのまにか黄金がいた。
「アルファは消し去ったはずなのになんでいる」
わかっていたけど聞いた。
「この私はお前の中の記憶がつくりだしたものだよ。お前が私と話をしたかっただけた」
分かってることを黄金は言った。
「俺はなんでお前と何を話したかったんだ?」
少年は嫌そうに聞く。
「殺してしまえば。それほどきらいでではなかったとか」
黄金は笑って言った。
「それはねぇ」
少年は断言した。
「憎んでるし許さないし、忘れない」
それは事実で。
「私は愛していたよ」
黄金は笑った。
何故話したかったのか。
少年にもわからない。
わからなくてもいいのだろう。
「消えろ」
少年は言った。
黄金は消えた。
だが。
忘れ去ることはない。
あまりにも憎みすぎて。
深く愛したかのようなその人を。
そして。
少年は ゆっくりと眼をあけた。
「お兄さん!!」
泣いている花が見えた。
花が倒れた自分を抱いている。
ほら、現実に戻ってきた。
少年は花に笑ってみせた。
「終わったよ、花」
そう、全てが、おわったのだった。
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