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第2話
空が白みはじめる頃。
青年・千月は、ボロアパートの一室に帰ってきた。
真っ暗な部屋の奥に進み窓を開けると、煙草に火をつけた。
緩く吹き抜ける風に、煙草から立ち上がる煙が揺らめいた。
千月の見つめる先には、壁に掛けられた道着と、幼い千月の頭を撫でつけ豪快に笑う大柄の老人の写真があった。
「…じぃちゃん。」
ポツリと口から零れた声に千月は、懐かしむように目を閉じた。
まだ乳飲み子だった千月は、古い道場の前に捨てられていた。
寒空の下。母の顔は覚えてない…。
遠くに浮かぶ白く輝く月だけは、遠い記憶なのにはっきりと思い出せる。
古い空手道場の師範だったじいちゃんは、捨て子の千月を精一杯育ててくれた。
そんなじいちゃんも千月が、小学校高学年の時に病気で死んだ。
千月を引き取る親戚は居らず、間もなく養護施設で暮らす事になった。
養護施設の生活は、過酷だった。
先生達は、とても優しく温かかった。
だけど子供達は、寂しさやストレスを新入りだった千月に向けた。
体は小さいが負けず嫌いだった千月は、子供達の格好の餌食になった。
ちょっかいを出すと、反発してくるその性格に子供達もしだいにエスカレートしはじめる。
後ろから突き飛ばし、髪を掴んで引っくり返す。
千月も負けじと相手の髪を掴んで横腹を蹴りつけた。
またある時は、2階のトイレに閉じ込められ、外から鍵を掛けられた事もあった。
なんとか先生が気づいて開けてくれたが、千月の怒りは治まらなかった。
日々繰り返される暴力に千月の我慢は限界に達していた。
千月をトイレに閉じ込めた男の子は、殴られ壁に叩きつけられ、額が切れて大量に出血していた。
泣いて謝る男の子に千月は鬼気迫る顔で、床に押し倒し首を締め付けた。
『こんな奴…一人死んだところで…。』
その時の千月の怒りは、こんなもので収まらなかったかもしれない。
狂気じみた千月を先生達が取り押さえ、それでも抵抗する千月に鎮静剤を打った。
千月は昔から自分の中で沸き上がる怒りを抑えるすべを知らない。
まるで獣のように狂い暴れた。
怒りのままに何もかも破壊するように…。
中学に上がった千月は、養護施設に帰らなくなった。
小学校の時とは違い少し距離のある中学校に登校したように見せかけ、町で時間を潰した。
その頃から千月は、男達に襲われる事が増えた。
成長が遅い千月の体は、Ωである事を容易に推測させた。
変声期を迎えていない千月は、女として見られる事もあった。
怒りにかまけて喧嘩をしていた小学時代とは違い。
身を守る為に暴力を振るうようになった。
そんな千月に恐怖という言葉はなかった。
どんな奴も半殺しになるまで痛めつける。
窮屈な環境で生きてきた千月は、ストレス発散できる丁度いい機会だとすら思っていた。
煙草の火を消し、朝の静けさに微睡む千月を玄関を叩く音が覚醒させた。
「チッ…だりぃな。……朝っぱらからうっ…!」
悪態をつきながら扉を開けた千月は、突然視界に入った白い布に顔を覆われ、体から力が抜け崩れ落ちた。
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