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第4話
「……あんた…あの時…の…。」
声が情けないほどに震えた…。
背筋に冷たいものが伝う感覚に身震いしてしまう。
「…ハッ、そういう事かよ。それで拉致られたのか…。」
「えぇ。5年前のあの日の事…覚えていて下さったのですね。」
絶えず笑みを浮かべている昴の表情からは心情が読めず、千月は迫り来る恐怖に狼狽え生唾を呑んだ。
「…それで今更俺をとっ捕まえて、サツにでも突き出すつもりか?」
強がり言葉を続けるが、声が上ずる。
バクバクと鼓動が速まり、嫌な汗が全身の毛穴から噴き出した。
逃げ続けられる訳がないとは思っていた。
この5年間は、ただたんに運がよかっただけだ。
これは俺が償わないと行けない罪…。
愚かな俺が侵した最低…最悪の罪なんだから。
強気な態度を保ち昴の顔を睨みつけるが、次の言葉を聞くのが恐く呼吸すらままならない。
酸素が足りなくなり、視線がボヤけはじめた時、昴は思いがけない言葉を口にした。
「……いいえ。あなたに罪を償って欲しいとは思っていません。
それに本来なら私が手を汚すはずでした。
あなたがあの場に居合わせたのは、偶然に過ぎなかった。
憎かったあの人を殺めて下さったあなたには、感謝の気持ちさえあるんですよ。」
目の前に居る昴が、何を言っているのか理解が追いつかない。
昴があの人を殺めるつもりだった?
命を奪った俺に感謝している?
この男は一体何が言いたいのだろうか…。
「…それなら何故俺を拉致した?……あんたが言う事の意味が分からない。」
「この5年間、あなたが罪の意思を抱え続けていた事は、充分すぎるほど理解できました。
…私はあの日、あなたをあの場から逃がしました。
それは全て自分のため。
私の都合の良い方向に事を運ぶためにしたことです。
遅かれ早かれあの人を殺める計画を立てていた私は、あの日…好都合とばかりに、赤の他人だったあなたに全ての罪を擦り付けようとした。
その代償が今の私の姿です。」
哀しそうに…でも心做しか清々しい表情にも見えた。
「……私の足は、もう動きません。
幾ら大金を積んで手術を受けても動く事はなかった。
この5年間、私はあの人が傾かせた会社を必死に立て直してきました。
それはもう一度あなたに会うためです。」
今までにないほど、柔らかくふんわりと甘い香りを漂わせ微笑んだ朝陽は、熱量を含んだ瞳を千月に向けた。
「あの日誤差は生じましたが、計画を実行できました。
私もあなた…千月さんも。
もう充分ではないですか?
あの日の罪を背負い続けるのは…。
もう時効にしましょう。」
「…じ、こう。……あんたはそれで、本当にそれで…良いのか?」
俺は、昴の実の父親を殺めたんだぞ?
自分の親を殺めた奴に時効にしようって…。
……何を企んでやがんだ。
安心感さえ感じる柔らかい笑みを浮かべた昴。
そんな彼から視線を逸らす事の出来ない千月は、言いようのない不安感に苛まれていた。
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