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プロローグ : 7

 岩場に着いて早々。  ──冬総の胆が、冷えた。 「秋在、ストップ。さすがに、ちょっと待ってくれ」  岩の上を歩こうとする秋在を、冬総はすぐさま抱き上げる。  子供のように抱き上げられた秋在は、ポカンとしていた。 「なに?」  宙に浮いた足を、秋在はプラプラと揺らす。  ──靴を脱いだばかりの、裸足で。 「裸足で岩場を歩くのは危ないだろ」 「そんなの、誰が決めたの? 憲法? 法律? それとも歴史?」  単純に、足の裏を切るかもしれないから。……そう説明したところで、秋在は納得しない。  秋在は、普遍的な事柄を好まないのだから。  だからと言って、秋在をそのままにはできない。秋在の足裏に傷ができるなんて、冬総には耐えられないのだから。  正論で諭しても、無駄。かと言って、素直に『心配だから』と伝えたって、無意味。  そこまで分かっている冬総は、なんとか秋在の行動を止めようと言葉を探す。  そして……。 「──下で牙を剥いているのが、見て分かんないのか?」  冬総の返事を聴き、秋在は瞳を動かす。  冬総の顔から、足元へ。秋在は視線を動かし、ポツリと呟く。 「……宇宙人だ」  見えもしない、なにかの【牙】という設定。絞り出した屁理屈は、どうやら効果があったらしい。冬総は上々な手応えに、内心でガッツポーズをとった。  そんな冬総とは対照的に、秋在は冷静だ。 「フユフサ、不思議だね。昨日は、宇宙人がボクらを遥か高みから見下ろしていたのに……今日は、ボクらが宇宙人を見下ろしている」  昨日言っていた、あの宇宙人のことか。瞬時に、冬総は理解した。  岩の表面を、秋在は虚ろな瞳で見つめている。  どれだけ近くに居ようと、特別な関係性になろうと。秋在が見ているものを、冬総は見ることができない。  それを『悔しい』と、冬総はいつも感じていた。 「……そうかもな」  抱き上げていた秋在を、靴の上に下ろす。  そのままペタリと座り込んでしまった秋在は、ぼんやりと岩を眺めている。今の秋在は、動きそうになかった。  だからこそ、冬総は。  ──靴を、脱いだ。  視界の端で、冬総の動きを捉えたのだろう。 「──脱いじゃダメッ!」  珍しく、秋在が叫んだ。 「宇宙人がフユフサを攻撃しようとしてるッ! 見て分からないのッ!」  靴下すらも脱ごうとしていた冬総が、自分を見上げる秋在を見下ろす。  パチリと目が合い、冬総はニコリと笑った。 「なら、秋在も靴を履いてくれ。独りぼっちは寂しいだろ?」  まさか、怒鳴られた上で微笑みを送られるなんて。予想外の表情を向けられて、秋在は目を丸くする。 「……フユフサも、寂しいときが……ある、の?」 「あぁ、あるさ。お前が近くにいないときは、いつだって寂しいぞ?」 「そ、う……なん、だ」  秋在の世界に、冬総は共感できない。理解したフリはできても、真に理解はできないだろう。  それを、冬総は『悔しい』と思う。命より秋在が大切でも、冬総は秋在になれはしないのだから。  そして、秋在を理解できないときは堪らなく『寂しい』と思うのだ。 「そう、そう、そうなんだ……そう、そっかぁ」  不意に。  秋在が、靴を持ち上げる。  そのまま。 「ははっ! フユフサの、寂しがり屋~っ!」  冬総に向かって、ポイッと投げた。  屈託のない笑みを浮かべる秋在を見て、冬総も思わず笑みを浮かべる。 「なんだよ、今さらか? 知ってるだろ、そのくらいっ」  投げられた靴を、難なくキャッチしながら。

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