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プロローグ : 13
帰りのバスで、秋在は冬総にもたれかかっていた。
「明日も、海に行きたい」
脱力した秋在が、ポツリと呟く。その瞳は、うっすらと濡れている。
まさか、海でのセックスが気に入ったのか。思春期らしい受け取り方をするも、秋在はすぐに冬総の想像を蹴散らした。
「明日はもしかしたら、人魚が来る日かもしれない」
実に、秋在らしい物言いだ。冬総は秋在の頭をそっと撫でる。
「そっか。じゃあ、人魚の骨が見つかるかもしれないな」
肩にもたれかかった秋在を見つめて、冬総は笑みを浮かべた。
日が落ちるまで続いた情事に、秋在はかなり満足しているらしい。その証拠に、秋在は随分と上機嫌だった。
「うん、見つかるよ。フユフサとなら、見つけられる」
歌うように囁く秋在を見ていると、冬総は『幸せだな』と月並みな言葉で胸を埋める。
二人で寄り添っていると不意に、バスに響くアナウンスが秋在の家に近いバス停を告げた。
冬総は秋在の上体を動かさないよう注意しながら、降車ボタンに手を伸ばす。
すると──。
「──フユフサは今、寝てるんだよ」
伸ばした手を、秋在に掴まれた。
「そして、ボクも寝てるんだ。だから、ボタンは押せない。降りる場所も、分からない。だってここはバスじゃなくて、夢の中だから」
秋在の指が、冬総の手を握る。
「……ちがう?」
細い指を、冬総は握り返した。
「それは、さっきのレースで秋在が勝った景品?」
「うぅん、違う。景品とかじゃなくて、本当の話。本当の話なんだから、お願いとか命令とかじゃない。覆せないんだよ。ノンフィクションの実話」
「そっか。俺たちは寝てるんだな」
頷きながら、冬総はゆっくりと腕を下ろす。
そのまま、秋在の膝に手をのせた。
「だったら、ボタンは押せないな。どこに行くかも、分からないし」
熱を帯びた秋在の瞳が、冬総を映す。
「うん、そうだよ。だから、ボクらはきっとバクに攫われるんだ」
「は? 秋在を誰かに攫わせたりしないっつの」
「じゃあ、攫ってくれるの?」
「秋在が望むなら、どこへでも?」
繋いだ手が、更に強く絡まる。
……結局、人魚の骨は見つからなかった。今後も、見つからないかもしれない。当初の目的はおそらく一生、達成できないのだ。
それでも……。
「じゃあ、今日はフユフサのおうちに攫って? そうしたら、ボクは髪を垂らしてフユフサを呼んであげる」
秋在はどこまでも、上機嫌だ。
「当然、誘われた俺は秋在を好きにしていいんだよな?」
「そういう物語だからね。仕方ないね。仕方ないから、仕方ないよね」
「じゃあ、俺んちの近くで目が覚めるといいな?」
「それは、ボクらを攫おうとしたバク次第。ボクらが決められることじゃないよ」
バスに揺られながら、秋在は鼻歌を口ずさむ。冬総はその曲を、聞いたことがない。おそらく、秋在の即興曲だろう。
「それでも俺は、意地で起きるよ。秋在を好きにできるなんて、滅多にないチャンスだからな」
子守歌のような、優しい即興曲。
そのはずなのに、冬総はどこか懐かしい気持ちになっていた。
プロローグ【完成形ハッピーエンド】 了
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