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 秋在が持っていた絵の具を全て、床にぶちまける。  足に塗り、靴で模様を描き、二人で力一杯踏みつけて……。冬総は初めての体験を、不思議なクラスメイトと共有した。 「ところでコレ、春晴はなにを描こうとしてたんだ?」 「女の子になったね。女の子が、進む道を決めてあげる絵」 「そ、そうか……。俺にはそう見えないんだけど、春晴がそう言うならそうかもな」  時に、雑談を交わしながら。 「その女の子に名前はあるのか?」 「知らない」 「まァ、それもそっか」  時に、お互いの足で色を混ぜ合って。 「……処女」 「えッ」 「名前」  時に、成立しているようで成立していない会話を織り込んで。 「あー、なるほど。名前、名前か。……名前は、無い方がいいかもな」 「蛇足だからね」  大いに、秋在の言動に驚きながら。 「目に焼き付けて。この世界を、二度は構築できないから」  夕暮れの日差しを受けて、秋在は呟き、笑う。  絵の具を使いきった後は、二人で大掃除をした。そうして机と椅子を整列させた頃には、すっかり下校時間だ。  これはきっと、悪いことだろう。冬総にとって、なにもかも初めての経験。  なのに『過去最高の充実っぷりだった』と。冬総は帰宅後、部屋で笑ってしまう。 「春晴って、変な奴だけど、面白い奴なのかもな」  明日はなんて、声をかけてみようか。そう考えるだけで、冬総の胸は躍った。  * * *  翌日。 「春晴、おはよ」  隣の席に座る秋在に、冬総は初めて挨拶をした。  秋在は時々、学校に来ない日がある。だけど、今朝は来た。『もしかしたら、自分に会うためかもしれない』なんて。そう思うと、冬総は笑みが浮かんでしまう。  ……けれど、違った。 「……春晴?」  秋在は、顔を上げない。それどころか、返事もしなかった。  机に突っ伏したままなんの反応も示さない秋在を見て、冬総は言い様の無い焦燥感に駆られる。 「春晴? ……寝てるだけ、だよな?」  秋在は、席に座ったばかり。実際問題、瞬時に寝つけるとは思えない。  だが、もしも寝ていないのなら? 冬総は単純に、秋在から無視をされていることになる。  もしも、無視をされているとしたら。……昨日のことが、嘘になるのでは。  もう一度声をかけようとした冬総だったが、それは第三者によって止められた。 「ちょ、ちょっと、夏形くんっ!」 「待って待って!」  冬総に好意を寄せる女子たちだ。  二人の女子が冬総の腕を掴み、他の女子がたむろしている机まで引っ張る。 「なんで挨拶なんかしてるのっ? アイツ、ヤバイ奴だよ?」 「体育の授業とか、カエル焼こうとしてたのとか……! 忘れちゃったの?」  忘れるわけがない。むしろ【そういう奇行をしたからこそ】冬総は昨日の秋在から目を離せなかったんだ。  もう一度、秋在を見る。秋在は机に突っ伏したまま、微動だにしない。はり、寝ているのだろうか。 「いや、アイツは──」  『面白い奴なんだよ』と。そう、言いかけて──。 「──もしかして……夏形くんは、あの子と友達なの?」  冬総はすぐに、口を閉ざした。  昨日の放課後に秋在がやっていたことを知られるのは、かまわない。秋在が教室の床を絵の具で汚したところで、誰が驚くだろう。  ──しかし、冬総がそれに加担していたとしたら? 「春晴くんは危ない人かもだし、関わらない方がいいよ?」 「絶対変だもんっ! 夏形くんも同じだと思われるよ?」  この、異端者を見るような目。まるで、糾弾をするかのような視線。……それを、自分にも向けられるかもしれない。  底冷えする可能性に、冬総は笑みを浮かべる。 「──ははっ。分かってるっつの。心配しすぎ。ちょっと、挨拶してみよっかなって、気が向いただけだって」  秋在と同じく、異端者だと思われるかもしれない。  そんな危惧から、冬総は嘘を吐いた。

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