また、その翌日。この日は、体育の授業があった。 　体育の授業は、休み時間のうちに制服からジャージに着替えなくてはならない。……つまり、冬総にとっては待ち焦がれた授業なのだ。 「──春晴。一緒に体育館行こうぜ」 　体育館の中にある、更衣室。そこで生徒は着替える。 　授業が終わってすぐ、冬総は眠たそうにしている秋在を誘った。 　冬総がどれだけ声をかけても、秋在の気分次第では無視をされる。教師に秋在の面倒を頼まれたからといって、秋在との距離が縮まったわけではない。 　そう分かっていながら──分かっているからこそ、冬総はできるだけ穏やかな笑みを浮かべて、秋在に声をかけた。 　すると、案の定──。 「──うん」 　……ではなく、意外なことに。秋在が、返事をした。 　高校指定のジャージバックを抱えて、秋在が冬総の隣に立つ。たったそれだけのことが、冬総にとっては悶えてしまいそうなほど嬉しかった。 「じゃ、行こうぜ」 「うん」 　トコトコと、秋在が後ろを追いかけてくる。 　もしかして、秋在はかなりの気分屋なのでは？　そう結論付けて、冬総は秋在と共に教室を出ようとした。 　……が、次の瞬間。 「ちょっと、冬総くん……っ！」 　想定通り、冬総は女子に声をかけられた。 　数名の女子が冬総と、その後ろに立つ秋在を見て驚いている。 　しかし冬総にとって、これは想定内の反応だった。 「なに勘違いしてるか知らねェけど、先生に頼まれたんだよ」 　予測可能だった反応に、冬総は用意していた免罪符を掲げる。その後の反応も当然、想定内。 「そ、そうなんだ……」 「そういうことなら……うん。分かったよ……」 　同情したような、女子の目。それらを尻目に、冬総は秋在と歩く。 「今日の体育、なにするんだろうな？」 　気分が良くなり、冬総は秋在に声をかけた。……が、今度は返事なし。 　気分屋な秋在にガッカリするが、冬総はめげない。 　まだ、秋在との関係はこれからだ。チャンスはあるし、関わる機会も増えるはず。後ろをついて歩く秋在を振り返って、冬総は笑みを向けた。 「もしもペアを組むようなやつだったら、一緒にやろうな？」 　それにも、秋在は返事をしなかったけれど。 　＊　＊　＊ 　ちなみに、その日の体育はバスケだった。 　ウォーミングアップとして、ペアを作ってパス練習をする。 　体育の教師からペアを作るように言われて、冬総はすぐさま秋在を探した。 　離れたところを探していたが、不意に──。 「──えいっ」 「──痛ッ！」 　冬総は腰に、バスケットボールをぶつけられた。 　至近距離で投げられたボールでも、重みがある。冬総は秋在捜索の邪魔をされたのに加えてジンジンと響く鈍痛から、睨むように犯人を振り返った。 　──が、すぐに目を丸くする。 「ボールに遊ばれないように、気を付ける」 　冬総の腰から跳ね返ったボールを抱いて、秋在が見上げてきていたのだ。 「俺の話、聞いてたのか？」 「聞かれたくなかったなら、距離を取って」 「つまり、聞こえていた上で相槌をしなかった……と」 　シンプルに無視をされていたのかと思うと、それはそれで冬総にとっては複雑だ。 　しかし、ボールを抱いたまま不安そうな上目遣いで自分を見上げてくる秋在を見て……。 「まっ、いっか。よろしくな、春晴」 　冬総は、口角が上がりそうになった。 　……余談だが、秋在は球技が得意じゃないのか、ウォーミングアップのパス練習はうまくいかなかったとか。