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それから、二週間。冬総は何度も、秋在に声をかけ続けた。
声をかけるようになった最初の週は、クラスメイトから好奇の目を向けられたけれど……今は全く、気にされない。
移動授業だけではなく、冬総は休み時間中も秋在に声をかけ続けた。
秋在から返事がくるかどうかは気まぐれだったが、それでも冬総は満足なのだ。
この二週間、冬総はそこそこに満たされていた。
……しかし、あの日の放課後。
『──ふっ、あははっ! ボクのお小遣い、足に塗るんだっ!』
秋在と一緒に教室を汚した、あの時の高揚感。あの日を上回る充足感には、未だ、出会えていなかった。
──その認識を改変させたのは、今日だった。
* * *
金曜日の、朝。
「──ナツナリくん。今日の放課後、時間ある?」
初めて、秋在の方から声をかけてくれた。
しかも嬉しいことに、秋在が冬総の名前を呼んでくれたのは今日が初めてだ。
いつもは『キミ』や『ねぇ』と呼ばれていただけに、名前で呼ばれると妙に心が躍る。
それでいて初めて秋在から声をかけられたとなっては、冬総のテンションはどこまでも上がり続けるしかなかった。
「あるッ! メチャメチャあるぞ!」
「堕落だね」
「えっ? だ、堕落?」
冬総自身でも引くぐらい、食い気味な返事。対照的に、隣に座る秋在はいつもと同じローテンションだ。
「じゃあ、約束」
それで、会話は終了。
「なにをするかとかは、教えてくれねェのか」
実に、秋在らしい誘い方だ。
なにをするのかは、分からない。けれどきっと、冬総にとっては『普通』と言えないこと。
冬総はそれが、楽しみで仕方なかった。
* * *
待ちに待った放課後。隣に座る秋在へ、冬総は目を向けた。
「春晴。放課後になったぞ」
また、教室でなにかをするのだろう。今度はいったい、どんな世界を見せてくれるのか。期待感を抱き、冬総は瞳を輝かせながら秋在に声をかけた。
しかし秋在は、冬総の予想とは違う動きをする。
「知ってる」
素っ気無い返事をした後、秋在は立ち上がった。そして、教室から出て行こうとしたのだ。
「えっ? はっ、春晴っ? 帰る、のか?」
「うん。放課後だからね」
「俺、お前に誘われたよな? だからつまり、なにかするんだよな?」
「うん。放課後だからね」
新しい絵の具の調達か、それとももっと別の道具を取りに行くのか。冬総は教室から移動をする目的や理由を模索する。
だが、秋在は『帰るのか』という質問に対して、迷うことなく『うん』と答えた。つまり【教室に用事はない】ということ。
ということは、秋在の返事を言葉通りに受け取るのならば、行き先は【家】になる。
「あっ、待てよ、春晴!」
冬総が悩んでいようと、秋在は知らんぷり。鞄を持った秋在は、冬総を待つことなくスタスタと歩いて行ってしまうのだ。困惑を続行したまま、冬総は秋在に続いて歩く。
すると、不意に。秋在に対してなにをどう訊いたらいいのか分からない冬総の心でも読んだのか、秋在はまたもや言葉を発した。
「──うち、来て」
秋在はそれだけ、呟いたのだ。
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