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 突然の、お誘い。  どう返答するのが正しいのか分からないまま、冬総は秋在について歩く。  バスに乗り、そこから歩いて、二人は目的地へ向かう。  ……そう。【秋在の自宅】に向かって。 「入ったら、カギ閉めて」  玄関の扉を開くと、綺麗な廊下が目に入る。冬総は言われた通りに玄関扉を閉めた後、鍵も閉めた。  靴が並んでいないところを見ると、家には誰もいないのだろうか。 「なァ、春晴の両親は不在なのか?」 「靴」 「いや、見たら分かるっちゃ分かるんだけどさ……」  まさか、家に二人きり? 冬総はこの状況に、自分自身でも引いてしまいそうなほど動揺していた。  同じクラスで、ただ隣に座っているだけの男。そんな相手の家に二人きりという状況で、なにを意識することがあるのか。  そうと分かっていながら、冬総は妙に緊張していた。 「こっち。ボクの部屋」  秋在は振り返ることなく、冬総を案内する。  二人きりで、しかも、秋在の部屋。  よく考えもせずについてきたが、冷静に考えると【秋在の部屋】というだけでなにがあるのか予測できない。冬総は秋在について歩きながら、空想する。  足の踏み場もないほど、荒れているのか。わけの分からない絵や文字が描かれている可能性も、捨てられない。そもそもちゃんと、部屋として機能しているのか。  そんな期待と不安の入り混じった気持ちを抱えながら、冬総は秋在の部屋を見た。  そして、言葉を失くす。 「……んんっ?」  足の踏み場は、ある。……と言うよりも、足の踏み場だらけだ。  必要最低限の家具しか、部屋には置かれていない。冬総は目を丸くしながら、秋在の部屋を凝視してしまう。 「ドア、閉めて」  ジロジロと部屋を見られても不快に思っていないのか、秋在は普段通りだ。言われた通り、冬総は一先ず、部屋の扉を閉める。  ベッドと、学習机。秋在の部屋にあるのは、それだけだった。 「意外と部屋、綺麗なんだな? もっとこう、派手って言うか、なんて言うか……」 「期待に沿えなくてごめんね」 「ちなみにそれ、春晴の本心か?」 「ううん」  冬総は、思ったことを素直に零す。  持っていた鞄を机に置き、秋在はなんてことないように答える。 「壁と、屋根がある。雨風を凌げるなら、あとは寝るだけ」  どうやら、秋在は部屋に対してこだわりがないらしい。ここはある意味で、秋在らしい部屋なのだ。 「なるほど、な?」  床に座るべきか、それともまだ立っていた方がいいのか。曖昧な返事をしながら、冬総は探る。  秋在の行動に合わせようと、冬総は秋在を見た。  ──すると突然。 「──ちょッ、春晴ッ? いッ、いきなりッ、なにして……!」  ──秋在が、セーターを脱ぎ始めた。  なんの断りもなく着替え始めたのかと思い、冬総は慌てて視線を床へ向ける。  しかし、秋在はそれを良しとしなかった。 「──ナツナリくんの【普通】は、ボクにとって【普通】じゃないよ」  不意に投げつけられる、告白。それがどういう意味なのかを訊く前に、冬総は気付く。  冬総は、勘違いをしていたのだ。  ──秋在は【着替えを始めた】わけではない。 「ねぇ、ナツナリくん」  セーターが、床へと滑り落ちて行く。 「ナツナリくんは……【経験】あるんだよね」  着替え始めたのでは、ない。……秋在は【脱ぎ始めた】のだ。  リボンをほどく秋在に、冬総は目を向ける。 「知らないことがあるのは、イヤだ。それを正当化するような奴になるのも、それで下に見られるのも……。ボクはどっちも、イヤ」  冬総に見つめられる中、秋在はベッドに腰掛けた。  ベッドに座った秋在は、自分を見つめる冬総を見上げる。 「──だから、ナツナリくん。ボクに、キミが知っている【普通】を教えてほしい」 1章【急降下エブリデイ】 了

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