33 / 182

2 : 10

 更に、翌日。  秋在はまた、学校を欠席した。 (アイツ……ッ! 好き勝手して、引っ掻き回して……なんのつもりなんだよ、マジで……ッ!)  冬総は昨日の朝以降、秋在と言葉を交わしていない。  無論、連絡も取り合わなかった。  そんなこと……できるはずが、なかったのだ。  秋在にとっては、些細なことでも。  冬総にとって、昨日のことは……最悪でしか、なかったのだから。 「ねっ、ねぇ、夏形くん……っ」  自分の席に座り、苛立つ冬総へ近付く人がいた。  冬総によく話かける、女のクラスメイトだ。  彼女たちは遠慮がちに近寄り、冬総に訊ねる。 「昨日の、朝の……あれって、本当なの?」 「冬総くんが、春晴くんと付き合ってるって……あれ」 「あの、春晴と? 本当に?」  声をかけられた理由は、予想通り。  秋在が放り投げた爆弾発言の、真相だ。  急激に口の中が渇き、冬総は口角すら上げられない。 (言葉が、出て……こねぇ、ッ)  こういった質問をされるのは、容易に想像できた。  勿論冬総は、脳内で何度も受け答えのシミュレーションだってしていたのだ。  しかし、実際に……戸惑いの表情を向けられると、言葉が出てこない。  ――冬総を【異端だ】と言いたげな目が、怖かったのだ。 (俺が、誰と付き合ってたって……他の奴等には、関係ねェだろ……ッ)  こちらの都合も考えず、勝手に暴露されたことに対しては……絶賛進行形で、困っている。  けれど……冬総と秋在は、なにもかもが違う。  ――だからこそ、冬総は秋在に惹かれた。  ――だからこそ、どうしようもなく焦がれたはずなのだ。  脳内では、何度も何度も……肯定するシミュレーションを、していた。  ――しかし……冬総はどうしたって、秋在になれない。 「――付き合ってるワケ、なくね? 男同士だし、そもそもあの春晴だぞ? ないだろ、普通に考えて……さ」  するりと、言葉が飛び出た。  と、同時に。 (――最低だ、ッ!)  許容し切れないほどの罪悪感が、冬総自身を襲った。 (俺、最低じゃねェか……ッ! なに、なに言って……ッ! 馬鹿かよッ、クズじゃねェかよッ!)  自分の体裁を守るため。  たった、それだけの……小さくて、ちっぽけなものを守るために。  ――冬総は、嘘を吐いた。  誤魔化しでもなく、見栄でもなく。  ただ【保身】のためだけに、嘘を吐いたのだ。  そこに、秋在への配慮は……欠片も、無い。 (もしもこれが、逆の立場だったら……ッ?)  ――これがもし、春晴に言われたのなら?  ――『ナツナリくんと付き合っているわけない』と、春晴が言ったとして。  ――それで俺は、笑ってやれるんだろうな?  そんな自問自答を、瞬時に繰り出し。  冬総は慌てて、浮かんだ言葉を全て……思考回路の海に、溶かした。 (春晴が嘘を吐くとか、想像できねェ……)  なんの足しにもならない保身のために、嘘を吐く秋在が想像できなかったから。  だから冬総は、自問自答から逃げた。  ……その結果。  冬総は、自分の浅ましさに……言い逃れできないほどの羞恥心が、込み上げてきた。

ともだちにシェアしよう!