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 ――殺されるんじゃ、ないか。  冬総は直感的に、そう思ってしまった。  けれど秋在はベッドの上から動かず、当然、床に落ちた凶器もひとりでに動いたりしない。  ――それでも、物騒なことには変わりないが。 「な、にを……する、って……ッ?」  秋在に近付くこともできず、冬総は震える声で訊ねる。  すると秋在が、まるで子猫を眺めるかのような表情で、冬総を見つめた。 「好きなの選んでいいよ」  口元が、弧を描く。  目も細められるが、決して……笑って、いない。 「春晴、俺は――」  とてつもなく、怒らせていたのでは。  想像を絶するほどの、異常な世界で。  冬総は自分がしてしまったことの重大さに、気付く。  しかしそれは、ただの杞憂だ。 「コレがいいの?」  秋在は抱いていた鉈を見た後、冬総に視線を向け直した。  今度はまるで、ワガママを言う子供に向けるかのような表情で。 「二人でなら、きっとすぐだよ。頑張ろうね」  秋在は今日、学校を欠席した。  なのにベッドへ腰を下ろす秋在は、制服を着ている。  ――秋在の言う『常識』とは……冬総が気にした『クラスの目』を指しているのか。 「キミが【常識】だと思っているもの、一緒に壊してあげる。そうすれば、キミはガマンしなくていいでしょ?」 「我慢するとかしないとか、そういう問題じゃ――」  ひたり、と。  ベッドから下りた秋在が、冬総に近寄る。 「――何で自分の好きなものを、誰かのためにガマンしなくちゃいけないの?」  鉈を抱いたまま、秋在は冬総を見上げた。 「キミは、ボクのことが好きなんだよね? ならどうして、ガマンなんてできるの? ガマンできるってことは、好きじゃないってこと?」  淡々と、秋在が問いかける。  責めているわけじゃ、ない。  これはただの……純粋な、疑問。 「ボクがキミに抱かれるから? 抱かせてくれるから好きなの? そんなのは【愛情】じゃなくて、ただの【性欲】だよ。……それとも、キミが思う【常識】ってやつが語る『好き』は、そういうものなの?」  子供が親に、疑問をぶつけるような無邪気さ。  なのにその瞳は、狂気を孕んでいる。 (何で、どうしてそうなるんだ……ッ?)  冷や汗が、背中を伝う。  確かに、冬総は自分が横暴だったという自覚がある。  秋在を傷つけた自覚も、自分が最低なことを要求していることも、全て分かっていた。  ――けれど冬総は、秋在のことを『好きじゃない』とは言っていない。  ――好きなことには、変わりないのだ。 (俺は確かに、春晴のそういう……ぶっ飛んだところが、いいって思った。……けど、コレは……ッ)  妙な焦燥感に駆り立てられ、思考回路が勝手にもつれ始める。  それは、鈍色に輝く凶器のせいか。  それとも、目の前に立つ狂気に触発されているせいなのかは。  冬総には、分からなかった。

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