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 怒っているのとは、きっと違う。  真っ直ぐに自分を見上げてくる秋在の真意は、分からない。  ――それでも冬総は、責められているような気がしてならなかった。 (俺は、おかしなことは……言ってない、はずだ……ッ)  嘘を吐いたのも、関係性を隠そうとしたのも……いいことでは、ない。  それでも冬総にとっては、そうするしかなかったのだ。 「ねぇ、答えてよ。……ねぇっ!」  矢継ぎ早に質問を浴びせた秋在が、冬総に手を伸ばそうとした。  刹那。 「――お前はッ! お前は、気にならないのかよッ!」  冬総は、罪悪感と焦燥感と……大きな羞恥心から、逃げられなかった。  手を伸ばしかけていた秋在が、動きを止める。 「誰かに『変だ』って思われるのとかッ! 誰かに『おかしい』って言われるのとかッ! そういうの、全部ッ! お前はッ! ……お前、は……ッ」  誰が決めたわけでもない【常識】に当てはまって、皆が皆、生活していた。  ……冬総だって、そうだ。  周りから、好奇の目を向けられたくない。  悪目立ちをしたくないという一心で……それなりにうまく、生活をしていたつもりだ。  ――心のどこかで、そういったことに飽き飽きしていたのに。 「――何でお前は、気にならないんだよ……ッ?」  決められた枠を外れてまでやりたいことが、冬総にはなかった。  あったとしても、それを実行する勇気すら持ち合わせていない。  そんな冬総にとって、秋在はどこまでも輝いていたのだ。  自分の信念を貫き、周りを気にせず真っ直ぐに生きる秋在が……純粋に、羨ましかった。  眩しい存在である秋在に触れられるのが、冬総にとってどれだけ嬉しいことだったのか……秋在にはきっと、分からないだろう。  ――なればこそ、冬総にだって秋在が分からなくて……当然なのだ。 「――ボクは、誰かに『正しい』って言われるために、ボクでいるわけじゃないよ?」  小首を傾げて。  さも、当然と言いたげな様子で。  秋在は冬総に、鉈を差し出した。 「…………は……ッ?」  床には凶器が散らばっていて。  目の前では、恋人から鉈を差し出されている。  この状況はあまりにも、異常だ。  ……それなのに。  ……そうとは、分かっているのに。 「誰かに『正しい』って言われる人は、キレイかもしれない。でもそれは、空しくて……すごく、寂しいよ」  ――冬総は秋在から、目を離せなかった。 (ワケ、わかんねぇ……ッ)  秋在の言っていることを、百パーセント理解することなんて、冬総にはできない。  それでも冬総は、秋在から差し出される鉈を、受け取った。  そして、そのまま。 「――春晴、ごめん……ッ」  鉈を、床に放り。  冬総は秋在を、力強く抱き締めた。 「……常識、壊さないの?」  抱き締められた秋在は、身動きが取れない。  けれどその声は、怒りを孕んだものではなく……純粋な、驚き。 (【常識】を物理的に壊すなんて、無理なんだよ……ッ)  冬総が忌み、嫌い……そして恐れた【常識】は、目に見えない。  ――それは、冬総の中にあるものだからだ。 (誰かに頼むんじゃなくて、自分が変わって、壊すしか……それしか方法が、ないんだから……ッ!)  秋在の疑問に対する答えを、言葉に乗せることはせず。  冬総は秋在に、口づけた。

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