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3章【一直線ネゴシエーション】 1
梅雨が、終わる頃。
冬総が秋在と付き合うようになって、丁度……一ヶ月。
冬総は未だに、秋在と付き合っているということを、周りへ話せずにいた。
それでも冬総は、教師に頼まれた【お目付け役】として、秋在に話しかけている。
今はそれが、精一杯。
秋在はそんな冬総を、慈しむように、笑ってくれた。
だから、自分のペースで強くなろう。
いつか、秋在にとって胸を張れるような男になる。
そんな気持ちでいた、ある日のことだ。
なんの変哲もない、普通の登校日。
昼休みになると、秋在が教室から姿を消していた。
(春晴? ……帰ったのか?)
遅刻しようと、早退しようと、欠席しようと。
秋在は冬総に連絡をしない。
そして、訊かれることや詮索されることを極端に嫌がる。
だから冬総はいつも、秋在の行動が分からない。
(そんなところも好きってンだから、終わってるよなァ……)
秋在に対するどうしようもない愛情に、自嘲の笑みが漏れる。
――これで、カミングアウトする勇気さえあれば。
そう考えると、ますます笑えた。
が、その笑顔が消えたのは……すぐのこと。
ガラリと、教室の扉が開かれる。
音がした方を向き……冬総は、目を疑った。
(春晴……ッ?)
教室の入り口には、秋在が立っている。
――頭のてっぺんからつま先まで、びしょ濡れになりながら。
秋在は廊下や、教室の床が濡れることを気にしていない。
ペタペタと、普段通りに自分の席へ向かう。
当然、冬総は秋在を止めた。
「春晴……ッ? ど、どうしたんだよ……ッ」
濡れ鼠状態の秋在へと、冬総は近寄る。
当の秋在本人は、クリーム色の瞳でゆっくりと……冬総を見上げた。
「雨が降ったみたい」
――雨?
冬総はすぐさま、外を見た。
梅雨は明けたばかりだが、今日は快晴だ。
(水浴びでも、してきたのか……?)
冬総なりに、秋在の言葉を解読しようとする。
が……その思考は、すぐに考えることを停止した。
「……ッ! はッ、春晴……ッ!」
秋在が突然、制服を脱ぎ始めたからだ。
今日は体育の授業があったので、ジャージがある。
秋在はそれに着替えようとしたのだ。
しかし、いくらカミングアウトできていないとはいえ……冬総にとって秋在は、可愛い恋人である。
そんな恋人のあられもない姿を、他人には晒したくないというのが男心。
「せ、せめて、トイレで着替えよう! ……な? ついてくから、な? ……なッ!」
冬総は手早く、秋在のジャージバッグを取りに行く。
そのまま秋在の手を引き、急いで男子トイレへと向かった。
「廊下、走ったらいけないんだー」
「そう言いながら脱ぎ始めるなよ……ッ!」
片手でリボンを外す秋在をなんとか男子トイレへ連れ込み、個室に入る。
秋在はバサッと、セーターを脱いだ。
プチプチと、ワイシャツのボタンを外し始める。
そこでふと……秋在は、冬総の視線に気づいた。
「……する?」
無垢な瞳で、秋在は小首を傾げる。
「え……す、る……って?」
「今は、たった二人ぽっちの世界。二人の、ヒミツ」
ワイシャツのボタンを、秋在は全て外す。
「誰もいない。いない、いないよ」
濡れて貼り付いたシャツが、秋在の肌を透かせている。
冬総は思わず、つばを飲み込んだ。
「……シたい、のか?」
冬総の言葉に、秋在が少しだけ、逡巡する。
そしてゆっくりと……両手を伸ばした。
「寒い、かも」
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