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 女子は言葉を失い、立ち尽くしている。  ――驚愕。  ――疑念。  それらの目を向けられて、冬総の体が……小さく、震えた。 (……おかしいな。怖くはない、はずなのに……なにを俺は、不安がってるんだ……?)  隣に並んでくれている秋在は、ハサミを向けられたって震えなかったのに。  それを【強さ】と表現していいのかは、分からないが。  少なくとも……今の冬総にとって、秋在はカッコいい以外のなにものでもないのだ。  冬総は思わず、自嘲の笑みを浮かべる。  それと同時に。 「――ナツナリくんは、優しいんだよ」  隣に並ぶ秋在が、口を開いた。  その声は……先程まで女子を威嚇していた声とは、全く違う。 「キミたちの為に、ウソを吐いたんだから」  優しくて……穏やかな、声だ。  秋在の言葉に、返事をしたのは……冬総では、なかった。 「……私たちの、ため……っ?」  秋在にハサミを向けていた、一人の女子だ。  女子の言葉に、秋在は頷く。 「キミたちが期待する、理想のナツナリくん。それは確かに、存在した。そして、それを形作っていたのは他の誰でもなく……ナツナリくん自身だよ」  ――違う。  冬総は内心で、即座に否定する。  ――保身のためだ。  秋在が言うほど、冬総は立派な男ではない。  仮に、冬総が嘘を吐いた動機が【女子の理想を守る為】だっとしよう。  例え、そうだったとしても……結果的に、冬総は秋在を傷つけた。  女子の前で否定し、いじめられる原因を作り、最終的には秋在の顔に傷ができてしまうかもしれなかったのだ。  女子にとっての優しさだったとしても……秋在にとっての優しさでは、ない。  だから……秋在にそんな評価をされるのは、おかしい。 (なのに、何で……ッ?)  この件で、一番の被害者は秋在だった。  だというのに。  ――この場でただ一人……秋在だけが、笑っている。  堪らず、冬総は秋在を見下ろした。  その顔は……どこまでも、情けないものだろう。  それでも秋在は、笑みを向けてくれた。 「ボクが持っていない優しさを、キミはずっと持っていた。キミが守ったのは、結果的にキミだけじゃなかった」 「秋在……ッ」 「だからね」  秋在は言葉を区切り、冬総の制服をつまむ。 「――だからボクは、フユフサが好き。だからボクは、フユフサと付き合ってるんだよ」  ――他人を一切気にしない、春晴秋在という男。  ……それとは、対照的に。  ――他人のことばかりを気にする、夏形冬総という男。  全く違う価値観と、思想と、行動理念。 (……何だよ、それ)  冬総は思わず、破顔する。 (――俺と、同じじゃないか……)  共通点の方が少ない、二人。  そんな二人、だからこそ。  ――春晴秋在と夏形冬総は、惹かれ合ったのかもしれない。

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